「夏休みの監獄」
現実とは、残酷なものである。
ギャルゲーのように女の子はやって来ないし、少年漫画のように突然特殊能力が備わる訳ではない。
・・・そして、今年も夏はやってくる。
【夏休みの監獄】
「あ゛ーっ!!」
少年は声にならない叫びをあげながら畳の床に寝転がった。
彼は現在中学2年生。
趣味は、ゲーム、漫画、アニメ。つまるところ、オタクである。
そんなオタク少年にとって、長野の田舎への帰省は、まるで拷問のようなものである。
祖父の家、当然ゲーム機もパソコンもない。見たいアニメなんかほとんどやってない。
たまに思い出したように夕方に放送されるアニメだって、3ヶ月前に東京の自宅で見たものだ。
「ちくしょう、せめてパソコンさえあれば・・・」
動画サイトである程度アニメをフォローできるものを。
一応、自宅の録画予約はセットしてある。だが、完璧ではない。オタクの前に立ちはだかる、野球中継延長という名の魔物が棲んでいる。
別にスポーツを否定するつもりはないが、彼にとっては9回までテレビ中継をやる必要性を微塵も感じなかった。
『さぁ9回の表2アウト、◎◎高校追い込まれました!バッターは代打の田中!』
・・・野球といえば、高校野球の中継が部屋に置いてある小さなテレビから映し出される。
興味はないが、かといって他にチャンネルを回してもつまんないドラマの再放送かどうでもいいワイドショーしかやってないのだから仕方が無い。
「そういえば、明日なんだっけ、長野の△△の試合。」
「ああ、そうねぇ。でもどうせ今年も"出ると負け"でしょう?」
「そうよねぇ、ほほほほ・・・」
ふすまの向こうから、母親と祖母の会話が聞こえる。
毎年毎年繰り返される『夏の拷問』。期間は約1週間。もちろん、何も対策をしてなかった訳ではない。
DSと携帯電話で何とかやり繰りしようとしたのだが、・・・2日で飽きた。
思い出したようにやろうとしたら電池切れになる始末。それも同時にだ。という訳で、現在充電中。
とりあえず街に出れば、本屋とゲーセンで何とか持ちこたえることはできる。
が、家の近くのバスは去年乗客減少で廃止になり、外に出る手段はマイカーしかない。
この家を囲む四方の山が、監獄の檻に見えたことも一度や二度ではない。
そして、毎年この時期になると、自分がオタクであることを恨むのである。
彼とて、小さい頃は裏山で昆虫採集をしたり、目の前を流れる小川で水遊びをして過ごしたものである。
が、もうそんな年じゃないし、そんな遊びはとっくに飽きていた。
・・・しかし、暑い。
いくら長野の山に囲まれた場所といっても、夏の昼間の暑さは東京とほとんど変わらない。
やや乾燥していて、あの独特のジットリくる湿気があまりないのが救いではあるが、それがなくなったところで暑いことに変わりはない。
そして、自宅ならば部屋でエアコン全開にすればいいのだが、この家にはエアコンというものが存在しない。
扇風機が居間と寝室用に2台あるだけである。
湿気がないため、扇風機の目の前に座っていれば確かにエアコンは不必要なのではあるが、扇風機はさっき書いたように2台しかない。
ちなみに、真冬には氷点下15度になることもあるが、石油ストーブが2台フル稼働。やはりエアコンの出番は無いのである。
そんな暑さの中、彼は団扇1本で自らを扇ぎながら、暑さでボーっとしている頭を必死で回し、暇つぶしの方法を考えていた。
「そういえば、地区長さんとこの息子さん、××大学に受かったらしいわよ?」
「あら、本当なの?案外頭いいのねあの子。」
「それがどうも推薦らしくて、・・・」
未だに家同士の付き合いが強固に残っている田舎である。噂の伝達速度は、ネットに流れる新作ゲームのタレコミ情報と変わらない。
・・・そして、都会なら個人情報流出で裁判沙汰になりそうな内容まで普通に流れるのである。
そんなことをボーっと考えているうちに、ある考えが浮かんだ。
「・・・久しぶりに山ん中行ってみるか・・・」
昆虫を追いかけるようなことはさすがにしないが、まぁ散歩で時間潰しにはなるだろう。
そう思い、立ち上がると、母親に「散歩してくる」と言い、外に出た。
小さい頃、遊んだ小川。今は歩いてまたげる。
橋は架かっているが、敢えて川原に降りて、歩いて渡る。これは暇つぶしなんだから。
小川を越えれば、小さな水田が山と川の間の狭い平地に一列に並んでいる。
その畦道を歩いて越えれば、もう山だ。そのまま、樹木に覆われた坂道へと入った。
「ん、こんなに歩きにくかったっけ…?」
小学生の頃、昆虫採集なんかで遊びに入った頃に比べ、雑草が生い茂り、歩きにくくなってるような気がした。
本来ならば、成長しているはずなので、歩きやすくなってるはずなのに、である。
一瞬彼は、自分がインドア趣味に走ったが故の体力低下か、と疑った。
なお、これは彼が後から聞いた話であるが、実はこの山、村で林業を営む男性が管理していたのだが、高齢で管理ができなくなってしまい、荒れてしまったのだという。
とはいえ、ここで引き返しては暇つぶしにならない。まだ10分ぐらいしか経ってないのだ。
記憶を頼りに、山を歩き続ける。
山といっても、小学校高学年ぐらいであれば普通に歩いて登れる。登るというより、歩くという表現が適切なぐらいである。
さて、頂上へちょうど半分といったところ。彼は、登山道のようなものに突き当たった。
元々名前も無い「ただの小さな山」なので、登山道のようなものは無いはずである。少なくとも、彼の記憶には無い。
「・・・?」
第一、管理が届かずに荒れかけている山に、登山道ができてること自体おかしい話なのだ。
『よく分からないけど、行ってみよう』
ちょっと考えた末に、コースを変えることにした。折角の暇つぶし、ただ知ってる場所へ歩いていって戻るだけじゃつまらない。
山の斜面を横切るように、木々の中を抜ける1本の道。人が2人並んで通れるぐらいの幅。
それをさらに10分ぐらい歩いていくと、とある景色に出くわした。
「・・・!?」
そこには、小さな湖———いや池、と表現した方が適切か———があった。
無論、彼の記憶に、こんな池は無い。
木が生い茂る中に突然現われる池。それはまさに、砂漠の中に現われるオアシスのよう。
そして、そこにいたのは———
「チャオ・・・?」
そこには、ゲームキャラのはずの、チャオがいた。
チャオが数匹、そこを住処にしているように、飛び交ったり、歩いたり、休憩したり・・・
彼は、恐る恐る、その池に近寄ってみた。
チャオは様子を何一つ変えずに、相変わらずの仕草を続けている。
彼はそのまま池のほとり座ってみると、そのうちの1匹がこちらに寄ってきた。
そのチャオは不思議がることを全くせず、彼の周りを飛び回る。
未だに訳が分かっていない彼だが、とりあえず休憩するにはちょうどいい。
しばらくチャオの様子を眺めていることにした。
相変わらず暑い。が、山の中であることと、水場ということもあるだろうか、この周りは少し涼しかった。
「・・・あ、懐かしい顔。久しぶり。」
しばらく座っていると、突然、女性の声がした。
驚いて後ろを振り向くと、そこには自分と似たような年の少女が。
「え?誰・・・ですか?」
久しぶりと言われても、彼の記憶には無い。当然、こう返す。
「そうね、もう5年以上も経ってるから、面影ないかな。」
仮に自分と同い年だとすれば、遅くても小学校低学年、という事になる。そこから中学生なのだから、面影がなくても仕方が無い。
さらに彼女は、こう続けた。
「・・・ここは、ここではない世界・・・」
「ここではない世界・・・?」
「だけど、そろそろ扉が閉まる・・・また会いましょう・・・」
そう言うと、クルリと後ろを向いて、歩き出した。
「え?ちょ、ちょっと待てよ!!」
相変わらず訳が分からない彼だったが、彼女はそのまま歩いていき、彼の視界から消えた。
追おうとして立ち上がり、振り向く。その瞬間、チャオが消え、池が消え、そこには何もなくなり、ただなだらかな斜面に木々が並んでいるだけになった。
「・・・・・」
少女の姿も見当たらない。
幻だったのか、と思い、腕時計を見直すと、2時間が過ぎていた。
「マジ!?」
急いで斜面を駆け下りると、見慣れた風景が広がった。実家の前だ。
結局、何が起こったのか、よく分からないまま、彼の暇つぶしは終わった。
母親には「何してたの?」と聞かれたが、適当にごまかすと、それ以上聞くことは無かった。
「そういえば、こっちに同い年ぐらいの女の子の知り合いいたっけ?」
「さぁ、いないんじゃないの?」
それが、母親の返答である。彼はそれっきり、そのことについて考えるのをやめた。
その後も別段特別なことが起こった訳でもなく、お盆明けには東京の自宅に帰ることになる。
夕暮れ、大荷物を抱え、自宅のあるマンションへ入ろうとする。
その様子を、隣のビルの屋上から、笑いながら見ている少女がいた。あの、チャオの棲む池に現われた彼女である。
「・・・よく言うでしょ?事実は小説より奇なりって。ふふふ・・・」
この後、彼に波乱の2学期が訪れることは、まだ彼女しか知らない。
<おわり>