07:34

 ◎ Macgafin? (仮題)


 07:34

インターチェンジ付近のコンビニは、車中泊するトラック運転手のために駐車スペースが広めに取ってある場合が多い。
しかしこのコンビニは入りやすい向かい側にライバル店ができてしまって、朝だというのに人気もまばらである。
静かさを優先して入りにくい方のコンビニで一夜を明かした者は、そのお蔭で不運な目に遭うことになる。

作業員の格好をした、まだ運転免許が取れるか取れないかぐらいの年齢の男AとBは、
人目に付かないコンビニの裏手で運転手を襲撃し、トラックの鍵を手に入れた。
Bは、彼の肩幅ぐらいの大きさのダンボール箱を抱えている。

「運がなかったな」

Aは運転手に冷たく言い放った。


 07:34

大きめの黒い鞄を持った吹奏楽部員Cは、AとBの一部始終を見ていた。
女子高生のCではあの二人には敵わないだろう。
Cは携帯を取り出し、ボタンを3回押した。


 07:38

警察官DとEは、作業員風の二人組の男がトラックの運転手を襲っているとの110番通報を受け、パトカーで現場に急行した。
Cはやってきたパトカーがたったの一台、しかもEが女性だったのを見てあからさまに不安そうな顔をしたが、
DとEが今まさにトラックに乗ろうとしている二人に拳銃を突きつけると、AもBも素直に両手を上げた。
Bはそのとき箱をトラックの座席の上に置いたが、DもEも特に気に留めなかった。

AとBは、二人が拳銃を下ろす瞬間を見逃さなかった。
油断したDとEの隙を見計らって、二人が近づいてくる前にAとBは素早くトラックに乗り込んだ。
Aは鍵を乱暴に差し込み、アクセルを思いっきり踏んで、あっというまにコンビニから逃げ去ってしまった。
AとBはにやにやと笑いながら、達成感に浸っている。
だが二人の表情はすぐに沈んでしまった。

「おい……チャオの箱、どこやった?」


Cは入部して初めて、フルートでもサックスでもなくトランペットをやっていてよかった、と思ったのだった。


 07:40

警察署の刑事Fは、無線でDからターゲットの作業員もどきAとBに逃げられ、通報してきた女子高生Cにチャオを奪われたとの報告を受け、
DにAとBを、EにCを捜すように命じた。


 07:45

何故か朝からラーメンを食べたがる物好きのために出前を届ける途中だったHは、橋の上で向こうから走ってくるCに気がついた。
Hの昔の彼女も吹奏楽部員だったから知っているが、多分Cの持っている大きめの鞄はトランペットのケースだ。
本当は自転車は車道を走るべきなのだが、渋滞を避けるためにHは歩道を走っていた。
その橋の歩道は狭い。 HはCを避けようと橋の内側に寄った。 同じことを考えていたのか、Cも内側に寄る。
じゃあ今度は外側に、と、Cも外側に寄る。
おいおい、マンツーマンディフェンスかよ、と思うのもつかの間、CとHは衝突した。

トランペットケースが宙に舞う。 ん?トランペットが入っているにしては、随分軽そうだ─

「あーっ!」

トランペットケースは欄干の向こうに落ちて行った。
Cは欄干にしがみつくように橋の下を覗き込む。 幸い水を吸わない素材のトランペットケースは、ゆっくり、ぷかぷかと川を漂っていった。
Cに謝ろうとして立ち上がったHは、転がったおかもちから、ラーメンのスープがこぼれているのに気がついた。


 08:02

名前のまだない猫Gは、いつもどおりの散歩コースを歩いていた。
通る人や犬やほかの猫もいつもと大体同じだったが、堤防に差し掛かった時、Gは見慣れないものを見つけた。
Gは川岸のくたびれた植物にひっかかった黒い鞄に近づき、前足で陸へ引き上げた。
そして器用にも鞄のジッパーを爪に引っ掛けて開け、中に入っていた段ボール箱は何度か転がして開けようとする。
箱は前転し地面にぶつかった勢いで、ふたを開けて中から何かを吐き出した。
それはぽよんっ、と弾んで、不機嫌そうなマークを頭上に浮かべた。

チャオは立ち上がると、とことこと堤防の上まで上がっていった。
Gもチャオを追っていくが、チャオが堤防の反対側にたどりつきぱたぱたと飛んで降りていったところで足をとめた。
どうしよう。 あのあたりは、あのかんじのわるいねこのなわばりだ……。
Gはそうして迷っている間に、チャオを見失ってしまった。


 08:22

「おい、あれ、見ろよ」

ランドセルを背負う男子小学生のJは、同じく男子小学生のIと、女子のKに呼びかけた。
IとKがJの指す方を見ると、水色のチャオがとことこと通学路を歩いていた。

「何でこんなところに?」
「知らねえ。 で……どうする?」
「……捕まえるべきじゃないかな」
「で、でももう学校始まっちゃうよ」

と言いながらも、チャオが道を曲がるのを見て、見失うまいと三人はそれについていく。
ランドセルの三人組は、顔を見合わせて、頷いた。

「うん、終業式ぐらいサボったってしかたないな」


 08:52

婦人警察官Eは、出前を届けなおしてきた帰りのH
に遭遇した。
EはHをコンビニに
行く途中でちらりと見かけたような気がして、聞き込みをしようと声をかけた。

「え? 女子高生? 見たなんてどころじゃないよ、そいつのせいでラーメン落としちゃったんだもん」
「本当ですか!? 黒い鞄、持っていませんでした? 学校指定のじゃなくて、ちょっと大きめの」
「持ってた持ってた。 それで、橋の上でオレとぶつかってさ、それで落としちゃったんだよ、それ」
「なんですって!? まさか、橋の下に?」
「ええっ、まあ、うん。 川に流されてったよ。 その子すぐに追っかけて行ったけどさ」
「あとは?」
「え、女の子はどっか行ったけど」
「鞄のほうは? どこにいったか分かりませんか?」
「強いて言えば川下じゃない?」
「……そう、ですか。 ありがとうございました」

小走りでその場を去るEを見送りながら、Hはその場に留まって少し考え始めた。
どうしてあんなにしつこく、鞄のことを聞いてきたのだろう。
問題は、あの女子高生じゃなくて鞄のほうにあるのだろうか。
警察官が、躍起になるもの─なにか、まずいものには違いない。
銃だろうか? いや、銃が入っているなら、ぶつかったときあんな飛び方はしないだろうし……。
あ、わかった。 じゃあ麻薬だ。 間違いない。
彼女は運び屋かなにかなんだ。
これで辻褄が合った。 完璧だ……。
少しわくわくしてきたHは、身軽になった自転車でCの向かったであろう川下の方へ急いだ。


 09:02

「─やった!!」

チャオを追うこと半時間以上、やっとJは路地裏でチャオを捕まえた。
ちょろちょろと人の入れない所に入り込んだり高いところから飛び降りたりするチャオのせいで、IとKもかなり息を荒くしていた。

「ったく、お前ほんとしぶといよなー」

KはIに続いてチャオを持ったJのもとへ駆け寄ろうとした。
ランドセルが何かに引っ掛かって、転びそうになる。
なんだろう、と後ろを振り返ると─

「大声出すんじゃねえぞ。 ガキ、大人しくチャオをこっちによこせ」

聞きなれない男の声に、JとKも振り返った。
三人をつけていたAは、Kのランドセルと口を押さえて立っていた。

JとKは、顔を見合せて頷く。
Jがチャオを持ってAに近づく。
─Aがチャオを受け取り、Kを放そうとした時だった。

「おい、そこで何をしているんだ!」

Aにはすぐに、警察官Dの声だとわかった。 くそっ、奴もつけてやがったのか。
路地を挟む建物の外壁に声が反響する。 まだ距離がある─
Aは、チャオを持って、と、どさくさにまぎれてKの腕をつかんだまま、路地の奥へ走り去って行った。
咄嗟に、Iもそれを追う。
判断の遅れたJだけがそこに残り、Dが姿を現した頃には、ほかの3人はいなくなっていた。

Aは路地を出て、狭い通りに停めておいたトラックの荷台を開け、新しい段ボール箱にチャオを入れ、うっかり連れてきてしまったごと放り込んだ。
自分は助手席に乗り込み、運転席で待っていたBは乱暴にアクセルを踏む。

後を追うIは、トラックが急発進したのを危なっかしく避けた。
トラックは強引にカーブして大きな通りに出る。
流石に追い付けないな─Iはあたりを見回して、タクシーが停まっているのを見つけた。
何かの映画のシーンを思い出す。 ベタな展開─Iはそのまま実行しようと思った。
先頭の小型タクシーに近づく。 運転手Lは、客が小学生一人なのを見て驚いたようだが、とりあえずドアを開いた。

「どちらまで?」
「いえ、さっきの─すごい乱暴なトラック、追ってください」

Lはにやりと笑った。

「いいねえ、おじさん、そういうの好きだよ」

この作品について
タイトル
Macgafin?
作者
ぺっく・ぴーす
初回掲載
チャオ生誕10周年記念特別号