『このメロディーには時が流れない』
砂浜で、ポツンと僕と、僕のチャオだけが佇んでいる、
そんな写真を見つけた。不意に見つけてしまった。
その写真の中で僕は、あの頃はいつもはいていたジーンズと、
あの頃に流行をしていた、靴とシャツの姿で、砂浜に立っている。
そんな、タンスの奥にしまっておいたシャツのポケットを裏返したら、
ふと滑り落ちてきてしまった写真を拾い上げながら、ふと思い出す。
そうだった。あの頃の僕には、遠い街に住む恋人がいて、
その恋人も僕と同じように、チャオを飼っていたんだった。
だから僕は、僕のチャオに約束をしたんだった。
「今度友達に逢わせてあげる」って。
その約束は伸びて伸びて、伸びきってしまったままになっているのだけれど、
ほんと、一体あれはどうしちゃったんだろうね。
そんなふうにして、そんな昔の約束のことなんかを思い出させる写真が、
もうずいぶん長い間、使っていなかったシャツのポケットから、
滑り落ちてきたんだ。
だから、僕とチャオはもう一度、あの砂浜に散歩に出かけたんだ。
あの写真を撮った砂浜に。
意味も無く「うおー」とかって叫びながら僕は走る。
その僕の後ろを、最初はラッパを吹きながら、
走って追いかけていたチャオだったのだけれど、
僕との差が広がってしまったからか、怒ってしまったようで。
そして、背中の翼で空を飛んで、それから僕の頭の上に着地した。
僕はそのまま、
つまり頭の上にいるチャオを両手で支えながらも、そのままに、
浜辺を思い切り走り続ける。
変な叫び声もまた、そのままに。
そうだった。
あの写真は、彼女に送るために撮影したものだった。
けれど、現像の終わった写真が手に入ったあの日に、
僕のところに彼女から、手紙が届いたんだ。
そうあの日から、僕と彼女は違う道を選んで歩くことになってしまったんだ。
そして、その道をいまだに僕たちは歩いているということなのだけれど。
でも、この道を歩く時に流れるBGMには、時間が流れていない。
そういえば、あの写真を撮った後、
僕とチャオとで、砂浜を楽しんだ帰り道で、
僕たちは、いきなりの通り雨に降られてしまったんだったね。
雨を避けようと、公園の中に入った僕たちは、
雨を避けながら、並木道を、雨の当たらない木の下を選んで、
ジグザクに歩いたよね。
それは雨から隠れるためだったのだけれど、
僕はなんとなく、僕たちを追いかけている何かから隠れるために、
そんなことをしている気分になっていた。
そうだ。もう一つ、思い出した。
あの頃、流行っていた映画を、僕はチャオと一緒に観ようって思っていたんだ。
これは約束をしたってわけじゃ、なかったんだけれど、
そうだね、あの映画はどうしたのかな。
当然、この町の映画館ではもうやってないけれど、
きっと色々な町を巡り歩いて、
彼女の住む町にも、いったりもしながら、
何処かの町で、最後を迎えて、ふっと消えていっただろうね。
いつも、僕は手紙の中で、彼女が側にいるような気持ちになっていたんだ。
だから、僕は手紙の中で、孤独なふりをして、彼女に甘えてしまっていた。
孤独というのは、ある意味ではその通りだったのだけれど、
でも、本当はそうではなかったような気もしている。
ただ仮に「僕が本当に孤独」だったのだとしても、
甘える事しかしなかった僕は、やっぱり間違えていたんだ。
だから、今は僕の後ろに、もう二度と戻る事のできない道が、
ずっと遠くまで続いているだけなんだ。
それはまるで、僕が最後にと思って、彼女に出そうと思って書きかけていた手紙が、
今でも、書きかけのままで机の引き出しの中で眠っているように。
そう、その書きかけの手紙には、時間が流れていない。
だから僕はふと、その手紙を、もう一度書き直してみることにしたんだ。
「新しい友達はできたかい?
もしかすると、ある日いつか、バッタリどこかで会えたりしちゃったら、
どうしようかな?」
本当は時間というものは、めぐりめぐりながら、流れていくものなんだ。
そして僕たちは、その中で 少しずつ強くなれるはずのものなんだ。
強くなれるからこそ僕たちは、
忘れることのできない景色ばかりを、瞳を閉じるたび探すことになるのだろうとも思う。
でも、だから、まるで僕には、今まで、時は流れなかったんだ。
振り返ると、そんな僕がいた。
そう、その僕の後ろにいる僕の奏でるメロディーには時間が流れていない。
そう、その僕の前にいる僕は、やっと「忘れていた」ことに気づいた。
確かにもう、僕と彼女の間に流れるメロディーには、
時間が流れていない。
でも、今でも目を閉じれば、僕と彼女の間に愛があったことを感じられる。
多分、今でも僕と彼女とは、友達で居続けているのだろうと思う。
でも、僕と彼女の間に流れるメロディーには、
もう時間が流れない。
了