~半漁人と桜の木~
「ちょっと、行って来る。留守番してろよ」
「ゲ、ゲゲッ……」
チャオ幼稚園の片隅にひっそりと佇むロッカー。その中から、一匹のチャオが出てきた。
サングラスとマスクを装備したチャオ――闇の取引所の店長だった。
店長は憤慨していた。今朝、商品の数を確かめていたところ、「きのこ」が一つ足りないことに気がついたのだ。
誰かが、盗んでいった。
そう確信した店長は、犯人を捜すためにこれからチャオガーデンへ向かう所だ。
「絶対、許さねぇ」
そう言い残して、店長はロッカーを後にした。
「ゲェ~……」
店長が居なくなったロッカーの中で、盛大にため息をつく者がいた。
店長といつも一緒に行動している、半漁人である。
半漁人は、非常に悩んでいた。今後自分がとるべき行動が分からないからである。
このまま黙っているべきか、正直に謝るべきか。半漁人の頭の中で、天使と悪魔が激戦を繰り広げる。
――そう、商品のきのこを勝手に食べてしまったのは、半漁人であった。
昨日、店長が半漁人に留守を預け、ほんの少し出かけたときに、半漁人は食べてしまった。
ふわふわして口の中で蕩けるような食感のきのこは、半漁人に爽やかな後味と壮大な罪悪感を残していった。
頭を抱えて、狭いロッカーの中を右往左往する半漁人。
言うべきか、言わざるべきか――。半漁人は、決断を迫られる。
「帰ったぞ」
店長が、帰って来た。
「全部のガーデンを回ってきたけどよ、犯人は分からなかった」
それもそのはず、きのこを食べてしまった犯人は店長の目の前にいるのだから。
店長は、ロッカーの中に入り、扉を閉めるとどっかと座り込んだ。
「ったく、一体何処のどいつが俺の大切な商品を盗みやがったんだ」
渦巻くポヨが、店長の怒りを表している。
店長がロッカーの内側を蹴飛ばす。ガツンと言う音が響き、ロッカーが揺れる。
それを間近で見ている半漁人は、もういっそこの世から消えてしまいたいくらいに思い、身をすくめていた。
取り返しのつかないことをしてしまった、と半漁人は思った。
加速度的に膨れていく罪悪感。それでも吐き出せない、謝罪の言葉。
半漁人は、このまま罪の意識に押しつぶされて死んでしまいたいとすら思った。
「――正直に言えば、許してやるのに」
半漁人の心に希望の光を差したのは、その一言だった。
今だ。今しかない。今言うしかない。
半漁人は、きのこを勝手に食べたのは自分だと、正直に話した――。
「……そうか、お前が食べたのか」
「ゲェェ……」
半漁人は、うなだれて呻いた。店長の顔を直視できない。
張り裂けそうなくらい激しく鼓動する心臓。店長が次の言葉を発しただけで、ショック死するかもしれない。
半漁人は、店長の言葉を静かに待った。
「わかってたよ」
「……ゲッ?」
半漁人は、まったく予想外の店長の言葉に驚いた。
「俺が留守を預ける相手は、お前しかいないんだ。朝、お前の様子がおかしいのもすぐに分かった。――よく正直に話したな、偉いぞ」
半漁人の目から、涙が堰を切って流れ出る。心の底から、安堵したからだ。
店長が、半漁人を抱きしめる。
半漁人は、店長の腕の中がとても暖かいことに驚いた。優しさという温もりに、半漁人は包まれていた。
ありがとう。そして、ごめんなさい、店長。
半漁人は、心の中で、何度も何度も呟いた。
「だが、罰は受けてもらわねーとな」
「ゲッ?」
きゅぴーん。
「ワシントンと桜の木の話は、俺は好きじゃねぇ。罪を犯したものは罰を受けるもんだ」
「ゲ、ゲゲェ……ゲフッ」
ほんの一瞬、ロッカーの中がまばゆい光に包まれた。
その光が収まったとき、店長の頭の上には青白い火の玉が浮かんでいて、半漁人はミイラのようにからからに干からびていた。