『悲劇』

 彼女は守るために存在している。

 守るべき時、月の光はいつでも彼女を照らす。

 そして、彼女はこう呼ばれた……。


 『月光のメイド』


 第十三話「悲劇」


 季節は夏。7月である。
 ここはチャオの森。
 人に捨てられたりしてくる、チャオの国でもあった。
 そのチャオの森は、チャオが作った街、平原、火山など人間にとっても広い森。
 そのチャオの森の『チャオティックルーイン』という街の北の森の奥に、一つの大きな屋敷があった。

 人間が住めるような広さの屋敷で、庭も相当広い。


 その屋敷には屋敷の持ち主であり、お嬢様であるF型の『フィル』
 チャオでありながらメイド服をきているメイドのNNN型の『メルト』
 屋敷の住民ではないが、遊びに来るツッコミをすることが多いHSS型の『ジェイド』
 屋敷の庭の管理をしているHNN型の『ピューマ』
 屋敷の地下にある図書室で幻闘術というものを研究しているDSS型の『ジェネリクト』
 屋敷の住民ではないが、遊びに来る瓢箪を持ち、いつも酔っ払っているNPP型の『ヴァン』


 そんなチャオがいる屋敷の話である。


                      【1】


 ——それは唐突に訪れた。

 いつも通り、俺達は屋敷の中で遊んでいたんだ。
 平和な毎日。平和な日々。
 でも、たまに訪れる非日常もあるのがこの屋敷だ。

 そう……今起こっているのも、非日常の一つなのだろう。


 ——俺……死ぬのかな……。


                      ~@~


「メルトー……紅茶注いできて頂戴ー」
「かしこまりましたお嬢様」


 紅茶とは、また品のあるものを飲んでいるものだと思いながら、俺……ジェイドは椅子に座って本を読んでいた。
 ここは屋敷の一階にある食堂。
 そこには俺とフィル、そしてメルトの三人。
 相変わらず我侭なお嬢様であるフィルは、メルトに紅茶の注文をしていた。
 フィルは今日は気分が悪そうだ。
 それは何故か?
 簡単である。
 あいつは何も言っていないが、俺には直感で分かった。


「あー……最近暇ねぇ……」


 そう暇なのである。
 てか、俺が思う前に答えをいいやがったし……。
 まぁ別にどうでもいいが。
 ここ最近。フィルは大きな動きを見せなかった。
 いつもなら何かして遊ぼうとか、何かしら面白いことを見つけ出そうとするが。
 ネタ切れなのか知らないが、どうも最近大きな動きがない。

 だが、それはそれで平和だ。
 むしろいつも以上に平和であった。
 あいつの我侭に付き合うと、ろくなことしか起こらん。

 でもまぁ……。
 それはそれで俺も暇だと感じていた。
 別に厄介事が起こらなくてとてもいいんだが……。
 暇だ。暇すぎる。

 なんだかんだで、俺はフィルの我侭に付き合うのが好きなのかもな。
 でも、そんなことあるはずがない。
 あいつの我侭は、本当に困りものだ。
 この前も流れ星を見て、


「あんた。流れ星が落ちた所に行って、星を取りに行くわよ」


 とか言われた。
 あるわけねーだろ馬鹿野郎。
 その時は、ジェネリクトさんがなんとかフィルを説得してくれたが……。
 下手すると本当に行きかねない状況だった。

 でも最近ではそんなこともなく、俺はいつも通り屋敷に来て、適当に過ごすのである。
 メルトさんの手伝いをたまにしたり、ジェネリクトさんの図書室から本を借りて読んだり、ピューマさんを見て和んだり。
 そんな風に、毎日が過ぎていく。
 まぁ、手伝いはしないといけないな。
 俺は遊びに来ている身で、世話になっているんだし。

 それでいいのだ。
 それで俺は満足。
 平和で楽しい日常……それが楽しいから、俺は十分満足していた。


「お嬢様。紅茶です」
「ありがとう」


 メルトさんが紅茶を持ってきて、フィルに渡した。
 ゆっくりと紅茶を啜るフィル。
 窓の外を見て、ぼーっとしている。
 とても不満そうな顔だ。
 余程暇なんだろう。

 ……こうやって、大人しくしているのを見れば可愛らしくも見えるのにな。
 まぁ、あいつがずっと大人しくしてられるはずもない。


「それでは、お嬢様。掃除の方をしてきますね」
「分かったわ。お願いね」


 メルトさんはそういって、食堂から出て行った。
 掃除大変そうだなぁ……。
 俺も手伝う事にしよう。
 どうせ暇だし。
 そう思い、俺は食堂から出て行こうとしたが。


「どこに行くのよあんた」


 フィルがそう問いかけ、俺の足を止めさせる。


「メルトさんの手伝いでもしようかと思って……」
「ここに残れ」
「——なんでだよ」
「暇だから」


 つくづく我侭な奴だなおい……。
 まぁ、確かに俺がいなくなればお前一人になってしまうけれども。
 仕方ない。
 お嬢様の為にも、残ってやりますかーっと。

 そして、時は流れていく。
 ゆっくりと、ゆっくりと……。

 ……………………。


「残れって言ったくせに、何も喋ろうとしないのかよ!!」
「うるさい、黙れ」
「じゃあ、なんで俺ここに残る必要性あったんだよ!!」
「うるさい、黙れ」


 これである。
 面倒になったら、うるさい黙れと言う癖。
 本当に厄介な奴だ……。

 そんな彼女にも優しい所はある。
 あるんだが……。
 いや、やっぱりないのかも知れない。
 どうしても普段の事を思い浮かべると、こいつが優しいとは到底思えん。
 むしろ悪魔と言った方があっているだろう。
 それくらい、普段の態度が酷いのだ。
 特に俺の扱いが一番酷いと思っている。


「何か起こらないかしらねぇ。暇すぎよ」


 そんな簡単に面倒なことが起こってたまるかってんだ。


 バリィィィイイイン!!


 ——その刹那。
 急に、フィルの背後にある窓が割れ、何者かが侵入してきた。
 ……まじで厄介事起こりやがったよこりゃ。


「ちょ!?」


 フィルは急な出来事に驚き、椅子から飛び降りた。
 窓ガラスの破片を上手く避け、侵入者を見る。
 そこにいたのは……顔に包帯を巻いた一人のチャオ。
 手にはクナイを持って目を光らせていた。


「あんた……一体何の用!?」


 そう緊張感のある感じだが、フィルは笑っていた。
 あぁうん。
 暇つぶしでも見つけたから、喜んでいるのだろうきっと。


「お前が、フィルだな」
「そうよ。何? この屋敷に何のよ……」
「排除する」


 そう言うと、フィルの言葉を遮って、フィルに襲い掛かる。
 いかん……!!
 今はメルトさんはここにいない……。
 いつもなら直ぐにここまで来て、フィルを守るのに何故!?


「くっ……うおおおおおおおおおお!!」


 俺は走った。
 フィルの所まで、一直線に。
 さっきまで散々あいつの悪い事ばっか思っていたのに。
 何故……俺はあいつを助けようとしているんだ?


 グシャッ……。


 フィルを覆う様に守る。
 左肩に……激痛がはしった。
 見るとそこに、クナイが突き刺さっている。
 血が……流れていく……。


「——……え?」


 フィルが呆けた顔で俺を見る。
 どうやら無事そうだ……。
 良か……った……。

 ——そこから俺の意識は、プツリと途切れてしまったのである。


                      ~@~


「……ジェイド?」
「邪魔が入ったか……」


 そこには信じられない光景があった。
 ジェイドが肩から血を流して、倒れている光景。
 世界が止まったかのように思われた。
 息すらも出来ない。
 恐怖がフィルを襲い、体が震える。
 だが、そんなことをお構い無しに、フィルに向かって男はクナイを振り下ろした。


 ガギイイイイン!!


「な……っ」


 だがそのクナイはフィルに届くことはなかった。
 どこかから飛んできたとある物がクナイに当たり、弾けとんだのだ。

 そのとある物とは……トランプ。


「お嬢様! 申し訳ありません!!」
「……メル……ト」


 食堂の入り口にトランプを数枚持っているメルトが現れた。
 そう……。
 メルトはトランプを投げ、メルトのナイフを弾き飛ばしたのだ。
 確かにそのトランプは、紙で出来たものだった……。
 だが、メルトが投げたことによって、一つの凶器と化し、鉄並みの固さをもったのである。

 メルトが更にトランプを投げ、フィルから相手を引き剥がす。
 包帯を巻いたチャオは、フィルから離れ、トランプの攻撃を避けた。
 超高速で投げたトランプをいともたやすく避ける。
 それは、相手が強敵だという証拠でもあった。


「……気配を消して屋敷に侵入……私ですら感知できなかったなんて」
「メルト……ジェイドがっ……!」
「分かっております。お嬢様」


 メルトは天空に向かって、手を上げた。
 そして辺りは急に夜になり、月光がメルトを照らしている。
 メルトの戦闘態勢に入った証拠だ。
 メルトは戦闘態勢に入ると、辺りが夜になり、月が照らし出される空間に導かれる。
 朝だろうが、昼だろうが、夜だろうが関係ない。
 不思議な特性を持ち、高い戦闘能力を持つメイド……それがメルト。

 相手に大量のトランプを投げた後、地面に落ちていた一本のクナイを拾い上げ、相手に襲う。
 包帯を巻いたチャオは、襲ってくるクナイを、自分のクナイを使って受け止めた。
 しかし、何故か同じ強度を持つクナイなのに、メルトが相手のクナイにヒビを入れたのである。


「お嬢様……ご命令を」
「……殺して頂戴」
「——……お嬢様?」
「殺してっていってるでしょ! 命令よ! そいつを殺しなさい!!」


 大声で叫びをあげるメルト。
 普段の態度と違うフィルに対して少し驚いたが、今は目の前にいる敵を優先する。
 包帯を巻いたチャオは、一度離れてからメルトに向かってクナイを投げてきた。
 メルトはそれをトランプで、鉄のクナイを真っ二つにする。
 次々と真っ二つにされるクナイ。
 有り得ない事をやってのせるのがメルトである。
 この程度の事、メルトは朝飯前なのだ。


「くっ……!?」
「まだ戦うつもりですか? 私に勝てる見込みはないでしょう?」
「……まだまだ」


 包帯を巻いたチャオは、大量のナイフを両手で掴み、乱れ撃ち攻撃。
 メルトは食堂にあるテーブルを急に持ち上げる。
 縦に構えたテーブルにクナイが刺さり、盾代わりにした。
 そのままテーブルを、包帯のチャオに向かって倒す。

 包帯を巻いたチャオは、テーブルに潰されないように左に避けた。
 だがそこには……。


「お遊びはこれでお終いにしましょう」
「——しまっ……」


 メルトは包帯を巻いたチャオの腕を掴み、そのまま壁に向かって投げ飛ばした。
 飛んでいったチャオは、壁に激突し……血を流しながら気絶。
 これほどのダメージを食らっても死なぬということは、転生防止薬使用者ということだろう。

 転生防止薬とは、転生を防止することができる薬。
 メリットは、どんなダメージを受けても転生することはないので、ぎりぎりまで戦える。
 転生しないため、経験を積んでいく事ができるなど。
 デメリットは、転生しないため殺されると死と同然の扱いとされる。
 戦わぬものは使わないほうがよいとされている薬だ。

 既に決着はついた。
 これ以上何もする必要性はないだろう。
 後は、縄でこの子を縛って、警察に引き渡すなりなんなりすればよい。
 だが……。


「何やっているの……早く殺しなさい!」
「お嬢様……」
「殺しなさい! だってあいつは……!!」


 フィルは許せなかった。
 彼を傷つけたことを。
 私を庇ってくれた彼を傷つけたことを、許せなかった。

 彼女は、荒れる。
 涙を流し、憤怒した。
 響き渡る命令。
 殺せ殺せと。
 壊れた機械の如く、フィルは言い続けた。


「お嬢様」
「何よ!?」
「——仮に殺したとして、ジェイドさんはそのことを喜ぶのでしょうか?」
「それは……!!」
「お嬢様は、私にいつも殺さずにと命令します。それは……『殺しても、そこから生まれるのは悲しみだけ』と、お嬢様に以前、教えていただきました」
「…………」


 フィルは黙ってしまった。
 冷静さを取り戻してきたのだろうか。
 涙も怒りも静まっていく。


「ありがとうメルト。……冷静になれたわ」
「——いえ……私こそ命令違反です。これじゃ、メイド失格ですよね」
「何言ってるのよ。主のことを思っての正しい行動。十分、メイド合格じゃない」
「……ありがとうございます」
「それよりも、早くジェイドの治療をして、こいつを追い出しましょう」


 フィルがそう命令すると、すぐさまメルトはジェイドを抱え、治療をする為に部屋を移動した。
 転生しない程度の傷……無事なはず……。

 フィルは、そう願い続けた。
 友を失いたくないから……。

 だが、その気持ちは。
 彼女の思いと裏腹に、もっと重要な気持ちになっていたのである。
 もっともそれに気付くのは、かなり後の話。


                      【2】


「しかしジェイド。ワシはビックリしたわい……」


 ——あれ? じいちゃん……?


「それはこっちの台詞だよじいちゃん」


 ——え?

 そこは俺のじいちゃん。
 そしてもう一人は……『俺』がいた。
 あれ、なんで俺がそこにいるんだ?
 俺はここにいるのに。


「まさか、お前がほとんど毎日友達と遊ぶなんてのぅ」
「何か悪いの?」
「いや……ジェイド。お前は家に引き篭もりがちで、以前はそこまで明るくなかった気がしたから、少し驚いているんじゃ」
「——……ぇ」


 ——あぁ……。
 これは夢なのだろうか?
 前にじいちゃんが屋敷に来た時に、二人っきりで話したときの記憶だ。


「友達が出来たようで、ワシは嬉しいのぅ」
「いや、昔からいたよ……。まぁ、少ないけどさ」


 でも。
 確かに友達らしい、友達ってあの人達が初めてかなぁ。
 今まで友達らしい友達なんていなかったし……。

 ——だって、俺は……。


                      ~@~


 俺は重たい瞳を開けると、白い天井。
 ここは……寝室か?
 いつ寝たっけ俺……。


「ジェイド……!」


 ふと誰かの声が聞こえてきた。
 声の方を向くと、そこにはフィルがこっちを見つめている。
 とても不安そうな表情。
 なんでこんな表情をこいつはしてるんだ……?


「なんだどうした? なんか嫌なことでも……痛ッ!」


 急に左肩に激痛。
 左肩を抑えると、なにか包帯が巻かれていることに気付く。
 そうか、思い出した。
 俺は確か……フィルの身代わりになって……。

 がしっ……。


「ちょ……!?」


 急にフィルが俺に抱きついてきた。
 な、なんだ!?
 どうしたんだ急に!?
 熱でもあるのかこいつ……!?


「どうしたフィル!? 熱でもあるのか!?」
「何言ってるの馬鹿! 心配させたくせに!!」


 心配……?


「お前が心配してくれたのか?」
「あたりまえじゃないの……!」


 ——信じられねぇ。
 メルトを心配するのなら分かるが。
 まさかこいつが俺を心配してくれるなんて……。

 ——いつだったか、メルトさんがフィルは優しい心の持ち主って言ったこと。
 もやもやとしていたものだったけれども、今はっきり分かった。
 彼女は本当に優しいんだ。
 だから、俺にだってこんな風に心配してくれる。
 こんな俺だって心配してくれるんだ。


「ありがとなフィル」
「……うるさい、黙れ」


 そう呟くと、フィルは俺を突き飛ばして、部屋から出て行った。
 相変わらず自由な奴だ。
 だが、今日はうんざりすることもなく、むしろすがすがしい気持ちである。
 左肩が痛むが、そんなことさえどうでも良く感じられた。


 ——この時、俺にも何か想いが芽生えたが。
 それに気付くのは、随分後の話である。


                      ~@~


 屋敷は夜を迎えた。
 月の光が屋敷を照らし出す。
 屋敷の屋上には二つの影。
 メルトとジェネリクトがいた。


「そうかい。彼は無事だったのかい……良かった」
「——私のミスでこんなことに……」
「君は完全に万能じゃないのは知っているよ。今回は相手が悪かったね」


 今回、屋敷に侵入した者は、明らかに暗殺者としての訓練を積んでいた。
 気配を隠し、あのメルトさえも気付かなかったのである。
 万能なメルトだからこそ、今回の事は酷く落ち込んでいた。


「それにしても驚いたよ」
「なにがでしょうか?」
「まさか君が『主の命令を無視するなんてね』」


 メルトは視線を月からジェネリクトへと向けた。
 薄く笑うジェネリクトが、メルトを見つめている。


「……やっぱり、メイド失格でしょうか」
「いや、立派に成長したなって思っただけさ」
「ぇ?」
「間違っていることをちゃんと間違っていると言えた。昔の君なら有り得ない事だ。でも、今回君はそれが出来た……立派に成長してるって証だよ」


 成長。
 それはメイドとしてではなく、感情の部分を言っているのだろう。


「君は昔、幼稚な神経の持ち主だった」
「——酷い言い様ですね」
「失礼。でも今の君は、本当に立派なメイドになった。これは素晴らしい成長だと思うよ?」


 ジェネリクトは、今のメルト。
 現在のメルトをそう評価した。
 それ程、過去のメルトと今現在のメルトはまるで別人みたいだったのである。
 メルトは微笑し。


「ありがとうございます」


 そうジェネリクトに向かって、言ったのであった。


 第十三話「悲劇」               終わり

このページについて
掲載日
2009年9月16日
ページ番号
41 / 41
この作品について
タイトル
月光のメイド
作者
斬守(スーさん,斬首,キョーバ)
初回掲載
週刊チャオ第331号
最終掲載
2009年9月16日
連載期間
約1年1ヵ月20日