EPISODE01 WEAK CHAO
廃墟だらけの町の中を、トラックが走っている。
トラックには三人が乗っていた。
そのうち二人が男で、女は一人だった。
運転手の男以外の二人は、銃を持っていた。
男の方はアサルトライフルで、女はショットガンだ。
「あの上が真っ黒に塗られたビルだ。ビル全体がアジトになってる」
トラックを運転するダークチカラチャオ、デビットが二人に言った。
彼の言うビルはとても高く、このまま運転を続けてもあと五分はかかるだろうという距離にあったが、その黒く塗られた部分を見ることはできた。
「どんくらいいるん?」
ショットガンのヒーローヒコウチャオ、フィンが聞く。
「百体以上らしい」
「はっ」
アサルトライフルのニュートラルハシリチャオ、ゲオルグが呆れたように髪をかいた。
「百体相手に僕らだけでやるっていうのか。無茶もいいところだろ」
「だが成功すればかなりの報酬になる。それに無理そうだったら回収できるだけして撤退すればいい。それに最高でもBランクのやつしかいないて話だ」
「それが本当なら楽勝だね」
フィンは窓の外に視線をやり、首をさすりながら言った。
「だろう? 百体ならかなりの額になる。わざわざ遠征してきただけの価値はある」
「でもつまんない。ボーナスも期待できないんだろうな」
「そう言ってくれるなよ。そういう仕事は血の気の多いやつらとの競争になる。遠征してまでやることじゃない」
ゲオルグはにこにことしている。
「僕は安全な仕事の方がありがたい。数以外にクレイジーなところのない仕事は歓迎だね。できれば帰りにどこか観光したいね」
「うまくいったら考えてやるよ」
トラックはカーブを曲がった。
トラックが壊されないように、デビットは残る。
フィンとゲオルグがビルに突入する。
百体もいるというのだから、どこから現れてもおかしくない。
二人は互いの死角を補うように左右を見張りながら進もうとしたが、結局前方に視線は釘付けになる。
ゴロゴロと奇妙な音を立てて、何かがゆっくり近付いてくる。
一体なんなのか、銃を前に向けて、そして左右からの奇襲がないか少しばかりの警戒心を周囲に配り、近付いてくるそれを待った。
現れたのは、機械仕掛けの鎧をまとったチャオ、つまりオモチャオだった。
そして機械の心臓を大量に入れた網を引きずっていた。
ゴロゴロという音はその網の中の心臓が立てている音だった。
「まだ残っていたのか?」
オモチャオはそう言い、ゆっくりと拳銃を構えた。
フィンとゲオルグは一瞬アイコンタクトを交わし、左右に分かれた。
「ああ、つまんない仕事だったな」
フィンはヘアゴムを外し、自由になった長い髪を振る。
トラックは帰路についていた。
「仕事が五分で終わって、おまけのオモチャオもついてきた。最高の仕事じゃないか」
デビットは上機嫌だ。
鼻歌を歌いながら運転している。
「戦った感じだと、Aランクってところかな。擬態機能付きだからパーツの売値は期待大だ」
ゲオルグはアサルトライフルで、捕らえたオモチャオの膝頭をつついている。
手首と足首を縛られ、オモチャオは身動きが取れない。
オモチャオの外見は、チャオにそっくりに変わっていた。
変形機構により、右腕の肘から下を除いて、鎧は体内にしまわれている。
このような機能を持つオモチャオは珍しい。
チャオに擬態したオモチャオは、顎髭を短く生やした青年という見た目をしている。
「あんたら、チャオのくせにオモチャオを平気で狩るなんて、どういうことだ?」
「お前、ここらへんの出身か? なら知らんかもしれないなあ」
「私たちは、エルドラゴンから来た」
その地名にオモチャオは目を見開いた。
「エルドラゴンって、オモチャオの理想郷だろ!? チャオならざる者として迫害を受けるオモチャオが唯一その身分を保証される」
「そう。だけどそこにいるのはオモチャオだけじゃない。僕たちのようなオモチャオ狩りのスペシャリストもエルドラゴンにはいるのさ」
オモチャオは理解ができない様子で、難しい顔をした。
「どういうことだ? エルドラゴンでは、おおっぴらにオモチャオ狩りなんてできないはずだろ?」
「そのとおりだ。下手なことをすりゃチャオの方が迫害を受ける。それがエルドラゴンだ」
説明をデビットが引き継いだ。
「だがおおっぴらじゃない狩りはしばしば起きてるし、たまにおおっぴらな狩りが許されることもある。暴走したクソを殺すって場合だ。そして、エルドラゴンのオモチャオたちにとっては、外のオモチャオの命なんてどうでもいいんだ」
「命に興味はなくても、パーツには用がある。特に心臓のパーツにはね。だから僕たちがそれを取ってきて、売るっていうわけだ」
「あんたも永遠の命を得ようって腹だったんだろ?」
フィンはオモチャオに聞いた。
百体分の心臓パーツがあれば、当面命の心配はないだろう。
しかしオモチャオは首を振った。
「金のためだ。俺は悪事を働くオモチャオを潰して、賞金稼ぎをしている」
「心臓集めてたのは?」
「大体の場合、心臓パーツがオモチャオを倒した証拠として扱われるんだ」
「それ、騙されてるんじゃないの?」
臭いな、とデビットもうなずいた。
オモチャオは首を傾げた。
「エルドラゴンの連中に心臓パーツを売りたいやつらが、ご立派な名目を立ててお前みたいな無知な腕利きに依頼を出してるんだろ」
「本当に悪事を働いていたのかどうか。わかんないよ」
フィンはにやにやして言った。
彼女の期待どおり、オモチャオの顔が青ざめる。
「じゃあ俺は、騙されて利用されて、罪のないオモチャオを殺していたっていうのか?」
「オモチャオであること自体が罪ではあるけど、まあ、そうね」
「なんてことだ」
オモチャオはショックを受けて、うつむいた。
そして控えめにフィンたちを見ると、
「今からこの心臓を持ち主たちに返すわけにはいかないか?」
と言った。
フィンが笑う。
「するわけないっしょ。馬鹿かよ」
「残念ながらお前が集めた心臓パーツは、俺たちがエルドラゴンのオモチャオたちに売りさばく」
「ついでに言うと君も売りさばかれる」
「悪事を働いた報いだな」
オモチャオは運命を受け入れた様子で言った。
「ん? おい、お前ら、後ろに気をつけろ。なんか来てるぞ」
デビットが二人に言う。
後方からバイクが接近してくるのが見えた。
ただし、トラックに劣らない大きさの巨大バイクだ。
「なんだあれ!?」
「振り切れないぞ。覚悟してくれ」
「死ぬ覚悟か?」
オモチャオが聞いた。
デビットが笑い飛ばす。
「あいつをぶっ潰す覚悟だ!」
デビットはシートベルトを外す。
フィンがナイフでオモチャオの拘束を解く。
四人はトラックから飛び降りた。
「ありがとう、助かった」
オモチャオはフィンに礼を言う。
「逃げないでよ。あんたは大事なボーナスなんだから」
「逃げられる気がしないよ」
巨大バイクが迫る。
ゲオルグが試しにアサルトライフルで射撃する。
装甲は弾を受け止める。
何発かがタイヤに当たり、弾ける音がする。
バイクは変形し、巨大なオモチャオに姿を変えた。
「心臓とその馬鹿は俺の物だ。返してもらおう」
「なるほど、こいつがお前さんを雇ったやつか」
「売りじゃなくて、自分で使うためだったか」
三人は巨体を目の前にしても動じた様子はなかった。
「ああいうのは図体の割に強くないから、ビビらなくていいよ」
「そういうことだ。さっさとやるぞ」
「そういえばあんた、名前なんてーの?」
聞かれたオモチャオは答える。
「サイクロンだ」
サイクロンの後頭部が割れ、フェイスガードが展開される。
さらに右腕が、中に仕込まれていた銃器に変わる。
その右腕から放たれた一発が巨大オモチャオの左肘を正確に貫き、落とした。
デビットが口笛を吹く。
「やるじゃねえか」
「連射はできないが、アンチマテリアルだ」
「負けてらんないね」
ショットガンのマガジンを取り替えると、フィンは走った。
巨大オモチャオの残った右腕による緩慢な攻撃を避け、懐に潜って射撃する。
放たれた弾は巨体に埋め込まれると、警棒のように伸びた。
そうして作った足場を駆けて、フィンは巨体を登る。
新しいマガジンに替え、右肩を打ち抜く。
弾は爆ぜて、右肩を破壊した。
「スタイリッシュ、私!」
飛び降りながらフィンは叫ぶ。
「この野郎!!」
巨大オモチャオの胸部の装甲が開く。
そこに無数のガトリング砲が取り付けてあった。
しかしその瞬間、横合いからロケット弾が飛んできて、巨大オモチャオの胸部を爆破した。
ゲオルグがロケット砲を持って巨大オモチャオの横に移動していたのだった。
「ナイスだ、ゲオルグ」
「本当にナイスなのはデビットだ。運転してたのに、咄嗟にこんな物持って飛び出せるなんて」
「ビジネスは咄嗟になにができるかが大事なんだよ」
得意そうにデビットは胸を張る。
「とどめっ!」
フィンがショットガンで巨大オモチャオの頭部を壊す。
それで巨大オモチャオは動かなくなった。
「さあて、ボーナス回収だ」
デビットが大声で呼びかけ、全員でパーツ漁りを始めた。
「心臓が十個見つかった他、収穫はなし、か」
トラックに乗り込みながらゲオルグが溜め息をついた。
「仕方ないでしょ。ああいうやつは大体、体積稼ぐために粗悪品ばっか使ってるんだから」
「なるほど。あの巨体でいいパーツを使おうとしたら、かなりの額になるもんな。だから弱いのか」
仲間面をしてトラックに乗ったサイクロンの両腕を、フィンは縄で縛った。
「またこれか」
「あんた、一応売り物だから」とフィンは呆れる。
「それにしても右腕にあんな物を隠していたとはね。意外だったよ」
ゲオルグは興味の目をサイクロンに向ける。
「オモチャオ狩りには破壊力が大事だろ?」
それは真理だ、とデビットはうなずいた。
「なあ、俺はあいつから百万リングをもらう予定だったんだけど、その百万リング、もらえないかな?」
なに言ってんだお前、という顔をデビットたち三人はした。
そして実際にフィンが、
「なに言ってんのお前」と言った。
「それから、この近くの海沿いにハルピーっていう町があるから、そこに寄ってほしい」
「するわけないでしょ。逃げるチャンスを与えるようなもんだ」
ゲオルグは顔をしかめた。
しかしデビットは楽しそうに、
「いいだろう」と答えた。
「デビット!?」
「百万は駄目だ。だがハルピーに寄ってはやるよ。冥土の土産ってやつだ」
「そうか、百万は駄目か」
サイクロンは寂しそうに笑った。