3 愛の証明

 3 愛の証明


 どれくらい歩いただろう。隠れ家を出発してから軽く三、四時間は歩いている。運動が苦手と言いながら、疲れ一つ見せない浩二に怖気を感じつつ、和利は何とか早めに歩き続けていた。
 この兄妹は体力がありすぎる。妹の愛莉も疲れた様子を見せない。魔法でも使っているのだろうか?
 エモは歩いているうちに眠ってしまっていた。和利はさきほどちゃっかり眠っていたからか、さっぱり眠気がなかった。
 否、眠っていなかったとしても、緊張と不安で眠りになどつけないだろう。
「マザー・コンピューターはジュエルピュア誕生祭の会場に保管されていると考えられます」
 ジュエルピュア誕生祭。その響きに懐かしさを感じるのは、恐らく色々あったせいだ。本来なら誕生祭で伝説のジュエルピュア誕生を祝うはずだったのに。
「朝には到着するでしょう。それまで頑張ってください」
 和利はエモを抱えなおす。へこたれている暇はない。下半身が疲れで痛んでいるが、仕方がない。そもそも同行を決めたのは自分自身だ。
 迷惑をかけるわけにはいかないし、そのつもりはなかった。
 深夜。月は雲に隠れて見えない。道路はところどころ隆起し、陥没しているところもあった。建物と言う建物は崩れているし、住民はどこかへ避難しているのかもしれない。
 あるいは、あの軍隊に捕まってしまったか、だ。
 後者の可能性の方が高いように思える。チャオの所持率は全国的に数多く広まっていたし、回収運動と称して住民を拉致している可能性も否定できない。
 浩二に聞けば解決するのだろうが、和利は怖くて聞くことが出来なかった。
 それに。
 自分の命が惜しくてチャオを渡したなんて話を、自分から進んで聞きたくはない。
「ジュエルピュア誕生の話は、浅羽さんも詳しいことでしょう」
「はい、まあ。その話題で持ちきりでしたから。学校とか」
「では、そのジュエルピュアが人以上に高い知能を持って生まれた、という話はご存知ですか?」
 思わず立ち止まってしまったが、すぐ歩き出す。
「聞いたこともないです」
「世間ではどう知られているのです?」
 まるで自分は世間にいない人のようだな、と思って、和利は答える。
「何百年も前に墜落した人工衛星の内部にあったタマゴが孵化したって聞きました。それ以外はなんとも」
「なるほど」
 ——違うのか?
 和利は顔をしかめた。前を歩く浩二の表情は見えないが、良い思いをしていないことは口調からなんとなく察することが出来る。
 しばらく沈黙が続いた。足音はしない。自分がたまに地面を擦って発される音があるだけで、浩二と愛莉は足音がなかった。
 借金取りか何かにでも追われる生活をしていたのか。
「ジュエルピュアは人工的に造り出されたものです」
「は?」
「私に理由は分かりません。ただ、チャオを研究する過程で、その人工衛星にあった何かがきっかけとなって、ジュエルピュアは生み出されました」
 なにを思っていいか、分からなかった。和利はその場で立ち尽くしては歩き出す。
 人工的に造り出されたチャオ。正規の方法で生まれなかったチャオ。人の世界で、それをロボットと呼ぶ。そのロボットが人格を持って生み出されたとしたら。
 第三者は褒め称えるかもしれない。造った本人はそれを聞いて有頂天になるだろう。もっと造るかもしれない。
 それで、生み出された方はなんと思うだろうか。
 生まれて来たかったのか。
 実験動物のような扱いをされて、生きていたいと思うのだろうか。
 分からない。
 倫理的な問題だし、結局は当事者の問題だ。だからここで問題とされているのは、そこではない。
「ジュエルピュアは人よりも高い知能を持っています。不死に近い寿命を持ちます。人の都合で生み出され、人によって世界に晒されようとしていた」
 まるでおもちゃ扱いだ。
 チャオにも意識はあって、知能はある。チャオを実験の道具にする、なんて話は、遥か昔に終わったはずだ。チャオの権利問題になるからと。そのはずなのに。
 なんでそんなものが生まれてしまったんだろう。
 人の身勝手な都合だけで生み出されてしまったのだとしたら。
「動機は十分でしょう」
 和利ははっとした。
 折れた標識が目に入る。大規模なチャオの『回収運動』。人命を意にも介さない行動。
 崩れ落ちたマンション。地震対策のされたこの国で、あの程度の揺れでここまで崩れるだろうか。
 仮想現実世界と融合しつつあると言う現実。実質的に、なんでもできるということだ。
「私はこの一連の事件を、彼が起こしたものと考えています」
 ——こういうチャオへの愛を勘違いした連中がチャオを不幸にする。
 どうしてその動機を否定できようか。確かに人なんていらないとは思った。自分も同じように感じていたはずだ。その自分が、どうして同じ気持ちを持つものを否定できると言うのだろう。
 エモを抱きかかえたままで、こぶしをつくる。爪が肌に食い込んだが、痛みは感じなかった。
「でも、仮想現実と融合させるなんて、そんなことが出来るんですか?」
「理論上は可能です。人以上の知能を持ったジュエルピュアならば造作もないでしょう」
 全ての人に復讐する、ということである。ジュエルピュアはオープンより一足早く会場に搬入されているはずだから、『震源地』はチャオフェスタの会場。
「場合によっては、彼を消滅させる必要があるかもしれないということだけ、頭に入れておいて下さい」
 どちらが正しいのだろうか。人の為に、人の都合で生み出されただけのチャオを犠牲にする。チャオの為に、人を見捨てる。
 なんてことを、和利は考えたりはしなかった。エモは自分と一緒にいて幸せだったはずだ。そのエモを失うなんてこと、できるわけがない。
 同感は出来たが、同意は出来ないということだ。
「分かりました」
 ためらいは少しもなかった。


「ちゃおー!」
 エモがまばゆい朝日に目を細めて、大きく背伸びをした。
 疲れを通り越して感覚が麻痺しつつある足をこうまで酷使できたのも、ひとえに愛莉が疲れを気にせずぐんぐん進んでいるせいである。この少女、見た目よりタフだ。
 和利は大きな溜息をついた。薄暗い、薄明るい空を見上げて、エモの額を撫ぜる。
 巨大なチャオフェスタの会場がもやのかかった先に見えて来た。あと十分といったところだろう。到着した達成感で思わず座り込みそうになったが、なんとか持ちこたえる。
「湿気が凄いですね」
「雨でも降るんじゃないですか」
 この会話だけを切り取れば、日常のワンシーンにでも聞こえてきそうだが、いかんせん周囲には崩落した建物の残骸が山のように積み重なっている。廃墟、廃村と言われても仕方のない光景だった。
「ここまで人っ子一人見なかったけど、なんでですか?」
「これだけの騒ぎですからね。生き残りは軍の指示に従ってひとまとめにされているでしょうし、そうでない人は回収されているでしょう」
 そうでない人……和利は電車が事故を起こしたときの、あの倒れた人の海を思い出して、吐き気をもよおした。
 意識して唾を飲み込む。
「休憩は? 予定より早く付いたので、取れないことはないですが」
「大丈夫です。早く行きましょう」
 こんな小さな少女でも歩き続けているのに、自分が折れるわけにはいかない。
 愛莉は俯き加減に和利をうかがっていた。この子のことだから、本当に大丈夫か心配しているのだろうか。ならば、心配させないようにしないといけない。
「段取りはどうなっているんです? 会場に着いたら?」
「マザー・コンピューターがあるとすれば、地下でしょうから、まずは地下へ続く階段を探します。何らかのシステムロックがかかっているせいで、厳密な位置の特定が難しいのですが」
 そういえば仮想現実イコールなんでもできるという印象が強すぎてすっかり聞き逃していたが、瓦礫のドームにおいても浩二は軍の接近を感じ取っていた。
 恐らくそういった位置情報を読み取っているのだろう。仮想現実のシステムから情報を盗み見ている、とでもいうのか、よくは分からなかったが。
 やがて歩いて行くうちに、チャオフェスタ会場の入り口が鮮明に見えて来る。透明な自動ドアが見えた瞬間、和利はなぜだか安堵した。
 しかし浩二は無表情を険しくして、呟く。
「出来る限り姿勢を低くして、駆け足で入り口を突破します」
「え?」
「行きますよ」
 こちらがだっと駆け出すと同時、瓦礫の影から軍服の男たちが一斉に飛び出し、発砲する。
 和利は息を呑んで、エモを強く抱えたまま入り口まで駆けた。
 続く鼓膜を震わせる発砲音。
 銃弾が当たらないことを気にしている余裕はない。
 浩二が先導して、入り口を突き破る。ガラスは気体化し、消滅。和利が会場内に入ったと同時、入り口に重厚な鉄の塊が出現した。
 緊張と恐怖で息切れし、その場に座り込む和利。とは対照的に、兄妹は冷や汗ひとつかいていなかった。
(人間かよ、こいつら)
 矜持だけで立ち上がって、エモを抱えなおす。おなかがすいたのか、甘えた声で鳴いていた。
「もうちょっと我慢してて。すぐ終わらせるから」
「ちゃうー」
 ふう、と一息つく。入り口前で見た男らは何者なのだろう。そういえば、チャオを回収していた軍隊と似たような服装である。同じ服装ではなかったとあいまいな記憶の中で和利は思った。
「浅羽さん、そのまま動かないで下さい」
 和利は正面に向き直る。
 広大な会場。その中央に巨大なステージ。本来、ジュエルピュアが紹介されるはずだった場所に、見たこともない機械が地面から生えていた。それは地面を突き破って出ているものだったが、和利の視線からは、生えているようにしか見えない。
 よく見れば、床には赤黒い『あと』がある。『染み』とでも言い換えられる。もう一度唾を飲み込もうとしたが、口の中はからからだった。
「罠、ですか」
「ようこそ、ジュエルピュア誕生祭へ」
 機械の裏側から、その生き物は歩いて来る。
 水色の光沢は、手足の先端に向かうにつれ、変色していた。頭の上についた三本の角の先は有色透明。天使の輪っかの内側には紫色に燃え上がる炎。
 声は、その生き物から発されている。
「目的は分かっている。コンピューターにアクセスしようとしていたのは君だったか。いや、機械に君というのもあれかな」
 一言も聞き漏らすまいと、和利は耳を傾ける。その動きに集中する。相手を普通のチャオと思ってはいけない。
 この事態を引き起こしたかもしれない、大犯罪者だ。
「マザー・コンピューターにアクセスさせていただけませんか。あなたはやり過ぎた。仮想現実と現実世界を融合させて、なにをするおつもりですか」
「神様になってみようと思ってね」
 素っ頓狂な声をあげるところだった。和利はエモをぎゅうっと抱きしめる。守らなきゃいけない。ここで怖気づいてはいられない。
「自分のしていることが正しいと信じて疑わない人間を矯正するには、まず地獄を見てもらわなければならない」
「出来れば話し合いで解決したい。あなたがしているのは無益な復讐です」
「だから?」
 ジュエルピュアはゆらりと動く。演説する大学教授のように、手を指し示した。
「身勝手な事情で僕を造ったのは人だよ。だから僕も身勝手な事情で人を消した。作り直すつもりだ。もう二度と愚かな人間を生み出さないためにね」
「同情はします。ですが矛盾している。あなたも結局は同じ穴の狢(むじな)だ。それではあなたも愚かということでは?」
 無機質なジュエルピュアの顔が、チャオの仮面をつけただけに思えて来る。
 これはチャオの姿をした別の何かなのではないか。これがチャオの本性なのか。いや、あれはチャオじゃない。別の何かだ。全てのチャオがあれと同じわけではない。
「今の世の中は理不尽に溢れている。僕はチャオにとっての素晴らしい世界を造りたいだけだよ」
 緑色の目が、和利の目と交わされた気がした。
 冷たい何かが体を貫く。怖気づいちゃいけない。そう思っても、体が言うことを聞かない。
 あれはチャオだ。
 チャオなのに。
「自らの快楽の為に犠牲をいとわない人間の、どこに正当性がある? お前もそう思っているだろう、浅羽和利」
 怖くなんてない。そう思っている。なのに怖い。逃げたくなる。どうしてか。意味が分からなくなって、歯を食いしばる。
 自分の意志とは無関係の何かがはたらきかけて、自分の体と心を支配しているようだ。
「人間のチャオに対する愛は偽物だ。お前の愛こそが本物だと思っていることだろう」
 その通りだ。
「だが、本当にお前の愛は本物か?」
 当たり前だ。
「ならば、証明してみせるといい」
 口が動かなかった。体が重たい。エモを抱きかかえる感触だけが、自分を支えていた。
 たった一人の家族なんだ。守らなきゃいけない。エモがいなくなってしまったら、何の為に生きていけばいいのか分からなくなる。だから、エモだけは守らなきゃいけない。
 ふっと、体の重さが途切れて、床に体を叩きつけられる。エモが腕から離れて、投げ飛ばされるかたちになった。
「ジュエルピュア。彼は一般人です。無意味な圧迫はやめていただきたい」
「彼は人間だよ。自分に嘘をつき続けている人間だ。彼も愚かな人間の同族さ」
 倒れた体を辛うじて起き上がらせる。エモが心配そうな表情で駆け寄ってくる。頭がおかしい。まるで高熱のときのような。
 でも、これに負けるわけにはいかなかった。エモを抱きかかえて、立ち上がる。
 ただ一人の家族を守るためだけに、ここまで来た。その目的を達成するためならなんでもしなきゃおかしい。
「頼む。俺はどうなってもいいんだ。だから元の生活に戻してくれ。せめてエモだけでも」
「元の生活に戻れば、その子は幸せなのかい?」
「当たり前だ」
「どうしてそう言える? 君の家族の身代わりだからか?」
 胃が抓られたように痛む。
「君に都合の良い愛を与えてくれるものだからだろう」
「それは……」
「暴力を振るう父親と、すぐ逃げる母親に嫌気が差した。その君がチャオを救ったつもりになって、チャオを幸せにしたつもりになっているだけじゃないのか?」
「違う」
「自分は必要ない! 愛されない! こんなのは家族じゃない。『俺の家族はこの子だけで十分だ』!」
「違う!」
「なにが違うというんだ? 現実の辛さから逃げ出したくなった君の、都合の良い依存先がその子だったというだけの話だろう」
 都合の良い依存先。間違っていると言えばいい。お前は間違っていると。でも。
 自分が間違っているだなんて、露ほども思わない、自分はそんな人間とは違う。だから。
 だったら。どうすればいいんだろう。
 エモの表情が不安そうに歪んでいる。慰めればいい。撫ぜればいい。エモは撫ぜられるのが好きなんだから。
 本当にそうなのか?
 餌をくれるから、居場所をくれるから。それが理由じゃないとどうして言い切れる? 自分が単に都合のいい存在としてエモに依存していたように、エモは自分を都合のいい存在としてみていたとしても不思議じゃない。
 ——俺は他の人間とは違う。
 一方的でもないし、話し合おうとしてる。自分の間違っている部分をちゃんと認められるし、自分勝手でもない。やるべきことはきちんとやっている。
 最悪の環境で、ここまでやっているんだ。
「ジュエルピュア!」
 浩二が声をあげる。
「僕は事実を言っているだけだよ。さあ、エモートくん。彼の愛は偽物だ。僕と共に、チャオのための世界をつくろうじゃないか」
 はっとして顔を上げた。エモがジュエルピュアの元に歩いて行っている。浩二と愛莉は床に倒れ伏せていた。
 さっきまで、一体なにが起こっていたのか。いや、そんなことよりも、今はエモが先だ。
 和利は走って、エモを抱えようと手を触れる。

 ぱしっ!

 その手が水色の柔い小さな手に、はじかれた。
 愕然と立ちすくむ。しかしエモはなんでもないふうに歩き続けた。
「待て……待ってくれ! なんでもする! だからエモは、エモだけは」
「お前も愚かな人間と同じなのか?」
 ジュエルピュアの能面のような顔が和利を見据える。
 都合の良い依存先ではないと、どうして言い切れるんだろう。絶対にエモを愛しているのだと、どう証明すれば良いのだろう。
 そんなこと、できるわけがない。
「返してくれ」
 体が重たい。
「お願いだから」
 足が竦む。膝を付く。呼吸がしづらい。涙が視界を遮る。それでも言わずにはいられなかった。
 エモの体に、ジュエルピュアの手が触れる。
「返してくれよ!」
 はらりと、エモの体が消えた。
「……え?」
「お前の愛したというエモートくんは僕が消してあげたよ。残念か?」
 ま、次はお前たちの番だけどね——そう呟いて、ジュエルピュアはその手を和利へと向けた。
 ぞくりと背筋が凍りつく。赤黒い煙がその手から噴き上がっていた。
「エモートくんはお前の生きる意味だ。なら、もう死んでもいいだろう?」
 そう、その通りだった。
 エモは死んだのだ。消えてしまった。いなくなった。結局、エモを守ることはできなかった。生きる意味はもうない。生きていく意味も。
 だから、死んでも構わない。
 どうしようもないのだ。
 恐怖しか残っていなかった。
 もう家族はいない。
 たった一人の家族は、もういない。


「浅羽くん!」
 避けられたのは、生物的な本能と、愛莉の叫び声のおかげだった。
 右手の方向に、飛び込むようなかたちで赤黒い煙をかわす。床にぶち当たったそれは、ごっそりと質量を削って行った。
 ジュエルピュアが舌打ちする。
「目障りだから消えてもらおうと思うんだけど、避けないでくれる?」
 呼吸困難に陥りそうだ。
 和利は床にたたきつけた右腕をおさえつつ立ち上がる。
 せめて浩二と愛莉だけでもと、ぼーっとした頭で考えて、倒れている二人の体重を自分にかけるかたちにして、引きずっていく。
「私たちはいいから、浅羽くんだけで!」
「くそ!」
 重たい。走れない。もう限界だった。
 生き残ることはできそうにない。和利は後ろを振り向いて、迫る二度目の赤黒い煙を見る。熱気が顔にあたって、和利は全身から力が抜けるのを感じた。
 唐突に赤黒い煙が消える。
「ん?」
 ジュエルピュアの怪訝そうな声が耳に残った。
 コツコツと、足音だけがその場に響く。
 和利は腰を抜かして、その場にへたりこんだ。浩二と愛莉の体を両腕で支えて、目をまじまじと見開く。
「その『赤黒い煙』の動力源はカオスエメラルドの力だよ。恐らく。仮想現実システムより、遥かに発生効率がいい」
「なるほど、道理で解析できないはずです」
 すっと浩二と愛莉が立ち上がった。どこかで聞いたような、懐かしい声が後ろから聞こえる。
 眼鏡の位置を直して、和利は後ろを振り返った。
「お前は?」
 ジュエルピュアの疑問を無視して、帽子を被った男は続ける。
「とりあえず今は退こう。状況は不利だ。態勢を立て直す」
「分かりました。して、どこへ?」
「良い隠れ家がある」
 三度目の赤黒い煙が、ジュエルピュアの右手から噴きあがっていた。和利は慌ててそれを報せようとするが、口からは空気が漏れただけで、声が出ない。
「また会うことになるだろう、ジュエルピュア。恐らくね」
「人間風情が、何様のつもりだ」
「ではまた」
 緑色の光が幾重にも四人を包み込む。
 赤黒い煙は四人がいた場所を貫通し、壁を突き破って行った。
 外壁が崩れ落ちることはなく、そのまま巻き戻されるかのように元の壁を形成する。あとには静寂だけが残った。笑うことも、怒ることもなく、ジュエルピュアは佇む。
 佇んでいる。

このページについて
掲載日
2010年12月23日
ページ番号
4 / 14
この作品について
タイトル
Deus ex machina's CHAO world~はい、私は御都合主義が大好きです~
作者
ろっど(ロッド,DoorAurar)
初回掲載
2010年12月23日