「CHAOS EMERALD」
衝撃を与えるというのは人間を起こす時、非常に有効である。
例えば目覚まし時計。
大きい音によって人間を起こすことができる。
それだけではない。
例えば体への直接攻撃もまた人間を目覚めに導くことができるのである。
そのことを今俺は自分自身の体で証明した。
俺は起きたのである。
頭がやけに痛い。
痛みの他に寝起きで頭の回転が遅いことも加わり、つい頭痛が痛いと言ってしまいそうになる。
起きた俺の傍にはオルガがいた。
もっと言ってしまえば起きた俺の頭の傍にオルガの足があった。
つまりはそういうことだ。
「一体なんだ……?」
荒々しく起こされるのはこれで2回目だ。
オルガからは初めてになる。
そもそも彼女から俺に積極的に関ろうとしてくるのは珍しい。
彼女は大抵チャオと遊んでいるからである。
そのチャオはみんな起きている。
昨日の疲れのせいで寝過ぎたようだ。
そりゃ人工カオスとかいう化け物と戦えば疲れるだろう。
「行くよ」
扉へ向かっていく。
行く、とはどこへだろうか。
頭はぼんやりと動くが体は動かない。
もっと眠りたいと体が叫んでいた。
そう案ずるな。
今すぐ眠りに落ちてやる。
「うぶっ」
すみません撤回します腹を踏まれました。
起き上がる。
「どういうことだ……」
はあ、とオルガの溜め息。
「施設の中を案内しろって言ったのはあんたの方でしょ」
「ああ」
そんなことを言ってあったな。
あの時の返事は楽ができるようになったらいいだろう、という感じだった。
楽になった、のだろうか。
あの約束の後、俺はまだチャオスの殲滅を1回しかしておらず、さらにはカオスエメラルドを奪うために大変な目にあっただけだ。
1回の殲滅と1回の過酷な仕事。
どう見ても仕事の楽さポイントはマイナス方面に動いているはずなのだが。
「すぐに楽になるから先払いってこと」
とのコメントをいただいた。
そういうことなら納得できる。
チャオガーデンから出る。
「ここって隔離されてるんだよね」
「ほう」
「ケイオスとかチャオスとかいるから、何かあった時安全なように」
「チャオス?チャオスがいるのか?」
それは初耳だ。
確かに、俺の能力を調べる時にチャオスが連れてこられていたが。
「まあ、ここよりももっと隔離されてる所にあるんだけど……」
それでも行くかどうかを尋ねてくる。
俺は一向に構わん。
行くことにした。
食堂や風呂がある方向とは真逆の方向へオルガは歩く。
なるほど隔離。
方角でよくわかる隔離である。
しばらく歩く。
意外と遠い。
途中にはチャオガーデン用の倉庫などがあった。
きっと楽器などはこの倉庫から持ち出したのだろう。
木馬があるのではないかと言ってみたが、探しても見つからなかったと返答された。
「ここがそう。チャオスを手懐けたり訓練したりしてる」
と言いつつ扉を開ける。
そこには見慣れた人物が2人いた。
「あ、橋本君だー」
「お」
片方は随分と久しぶりに会う人物だ。
そもそも、こんな所にいるなんて知らなかった。
「お久しぶりです、山崎さん」
「おう。久々だな」
「しかし、どうしてここに?」
「ん……。……ああ、それはな」
元々、山崎さんはここでチャオスの育成をしていたそうだ。
育成と言っても言う事を聞くようにしつけたり、より効果的な戦闘ができるように教え込むことが中心なのだそうだ。
そのために用意されたチャオスが檻の中に入れられている。
数えるのが面倒になる位に多い。
現在、40匹はいるらしい。
一般の人から依頼を受けて護衛などをしていたのはこれらのチャオスがちゃんと実戦で命令を聞くかどうかのテストとして行っていたらしい。
護衛などをしっかり行えることは俺も知っている。
育成の成果は出ているのだろう。
「でも、どうやってこんなに大量のチャオスを?」
「強いチャオスがいると、そいつを中心に群れができるだろ?それと同じ感じでこっちに力があることを見せつけてやればいい」
そのための道具があるらしい。
中には武器もあり、「無差別」の能力を使えるチャオスでなければそれで殺してしまうこともできるようだ。
でも実際には命令を聞かなかった時などに食料を出さないでいるのが地味ながら効果があるらしい。
チャオスといえども空腹には勝てぬのだ。
そもそもチャオスは信用に足らない生物であって、それでチャオスに対抗するのは得策ではないと所長は言っていた気がする。
そこらへんはどうなのだろうか。
聞いてみる。
「現状だと、ケイオスの数に限りがあるだろ?」
「そうですね」
「もしもの時はチャオガーデンと一緒にARKから完全に切り離すことができるようになってるし、あまり問題ないはずだ」
「俺たちもですか」
「暴走した時は殲滅頑張ってくれ」
そんな投げやりな。
しかしよりによって俺たちまで切り離されてしまうのか。
ところで美咲がなぜここにいるのか。
「私もしつけしてるんだー」
「そういうことか」
「なぜかこいつの言う事はよく聞くんだよなこいつら」
そう山崎さんが漏らすと、美咲が実際に命令をしてみせる。
命令は1回回って鳴け、という罰ゲームみたいなものだったが、そう言われた瞬間チャオスたちは指示通りに動いた。
次から次へと命令していくがそれらを40匹のチャオスはこなしていく。
完璧に美咲の言いなりである。
「どれだけ残虐な事をしたんですか、あれ」
「それが、全くしてないんだ」
「は?」
「あいつらと初対面の時から既に命令を聞くようになっていた」
なんということだ。
恐ろしいオリジナルな動きを発想し実演するだけでなく、脅すことなくチャオスを操るとは。
少なくとも人間から見れば彼女に恐れる要素は全くない。
せいぜいいつ変な必殺技でアタックされるかわからない程度だろう。
それなのにどうしてチャオスは服従しているのだろう。
前にオルガと話していた時を思い出す。
チャオスが群れる時は自分より強いチャオスに服従する時か餌や小動物が沢山ある場所に集まるかの要素が必要だ。
美咲は強いチャオスでもなければ餌でも小動物でもない。
となると別の要素があるのか?
試しに俺がチャオスに命令してみる。
「えーと、ジャンプとかしてみろ」
無反応。
40匹中40匹に無視されるという相手が人間だったら痛々しくてたまらない驚きのスルー率を実現させてしまった。
他にも試してみる。
「1回回って鳴け」
パーフェクト無視再び。
「死んだふりしろ」
パーフェクト無視第3回(再)。
「ぬう」
「残念だったな」
「そうだ。オルガはどうだ?オルガならきっとどうにかしてくれる」
「いや、無理だと思うけど」
嫌そうな顔をして断ってくる。
しかし場の空気がそれを許さない。
空気を察したオルガは仕方ないなあなどと呟きつつチャオスに近寄った。
すると、チャオスはオルガを一斉に睨んだ。
檻の中にいるからオルガに攻撃などできないのに、臨戦態勢のチャオスも多い。
中には怯えているのもいるが。
「随分嫌われているな」
「何もしてないんだけどなあ」
オルガが離れると少しずつ落ち着きを取り戻していく。
まるでわけの分からない何かに畏怖しているかのようだ。
紫色の髪が問題か?
そこが原因だとは思いにくいが、それ以外に異なる点を思いつかない。
「まあいいや。次行こうよ」
「お、おう」
「またねー」
美咲が手を振っているのを見つつ部屋から出た。
来た道を引き返す。
同じ道でも行く時と帰る時では見え方が違うものだ。
だから、同じ道でも行き帰りの2度楽しむことができる。
それが殺風景という言葉をそのまま表現したかのような変化に全く富まない空間であればの話だが。
斬新な発見が一切ない。
思わず考えるのをやめてふと気付いた時にはチャオガーデンの所まで戻っているのを期待してしまう。
「そういえばさ」
「ん?」
「チャオスって共食いしたりしないのかな」
「どうした。好かれなくて腹が立ったのか」
ちょっとクールぶっている面があるオルガらしい怒り方である。
彼女の言葉には貴様らなどお互いに数を減らしあって絶滅していればいいんだという悪意が込められているのだろう。
遠回しな所が彼女らしいと俺は思った。
「いや、そうじゃなくて。命令聞かない時にご飯出さないって言ってたでしょ?そういう時に共食いしないのかな」
予測が完璧に外れました、ありがとうございます。
怒っていたわけではなかったようだ。
しかし、腹が減ったら共食いという発想はいかがなものか。
「するかしないかはともかくとして、そんなに腹減る前に大人しく命令に従うんじゃないのか?」
「ああ、そっか」
「そのための飯抜きでもあるわけだし、なぜ共食いに発想がいく」
「チャオスなら生きるために共食い位はするかなって」
生きるために共食いをする。
人間ならばどうだろうか。
非常事態、食料が無くなり入手も不可能という状況下。
食べるしか生きる術が無くなった時であれば、そうする人間も出てくるだろう。
だが、全ての人間がそうするだろうか?
基本的に人間を食べる事はタブーとされている。
どれだけの人間が禁忌を無視できるのか。
何パーセントの人間が該当する?
俺はその中に入るか?
そしてそのタブーを犯して食べるまでにどういう経緯が必要なのだろう。
「チャオスってそこまで凶暴なのか?」
「凶暴だから食べるってのとは違うかな」
「それは、どういう?」
「自分の力を証明するために。相手を押しのけるために」
つまり、食べる事によって何かを主張するということか。
でもそれだと空腹とは関係がないんじゃないか?
そう聞いてみると。
「あー。まあ、そうだけど。でもそういう考えと空腹感があれば食べちゃうんじゃないのかな」
「うーむ」
そう言われればそのような気がしなくもない。
共食いの話はそこで途絶えた。
元々、俺はそんな事に興味があるわけでもないからここまで続く方が凄いのだ。
あるいは食べる食べられる関係にあるのがチャオスだったからというのもあるかもしれない。
これが人間という前提でのトークだったらとてつもなくグロテスクな画像が脳内に浮かんでしまい話す気が失せていたことだろう。
大きなリフトが見えてくる。
それに乗り込む。
「これでここの最深部まで行くの」
「最深部?」
「そう。見せたい物があるから」
見せたい物がある。
それを一体何なのかと執拗に聞く事はナンセンスであるなんて事くらいわかっている。
聞いて教える位なら、最初から何を見せるか教えるはずなのである。
それにオルガはいくらしつこく聞いても答えない感じの性格をしている。
俺にできるのはそれが一体どんな物であるか想像して楽しみに待つ事だけだ。
ARKの最深部。
さぞかし重要な何かがあるに違いない。
リフトが止まるまでに10分かかった。
10分という時間が俺に与えた偉大なる教えをここで紹介しよう。
教えは2つある。
1つ目、10分も想像するのは飽きる。
もしかしてこれかな、というような予測をオルガに言ってみても何の反応もしなかった。
正解か否かすら教えないぜスタイルである。
これでは飽きるのもやむなしだ。
2つ目、リフトから流れる景色を見るのは楽しいと思ったら大間違いだ。
延々と壁を見続ける作業のどこが楽しいと言えるのか。
流れれば楽しいのではない。
景色が楽しくなければ流れたところで、だから何と言わざるを得ないのである。
そうめんがまずければ流しそうめんで喜ぶ人間など存在しないのだよ、君。
リフトを降りてから少し歩いたがこちらは苦にはならなかった。
最深部の部屋のドアまではすぐだったからだ。
「ほら」
他の部屋よりも大きいサイズのドアが開く。
中身は神殿のようになっていた。
やたらと広い。
チャオガーデンよりも大きい。
中央をオレンジ色の水が駆けている。
奥には祭壇があった。
妙に長い階段が高さを作り出し、祭壇の存在を強調していた。
その周りを7つの柱が円を描くように取り囲んでいる。
その柱の頂上。
7つのうち3つの頂上には宝石があった。
カオスエメラルドだ。
水色と赤と緑。
オルガが見せたかったのはどれだろうか。
神殿か祭壇か、カオスエメラルドか。
俺としてはカオスエメラルドは予想していたものの、神殿があるとは思ってもいなかった。
そのオルガも目を丸くして口を開けている。
目線は斜め上の方へ。
「なんで緑もあるの……?」
呟いた。
「どういう事だ?」
「何年も前から水色の1つだけだった。増える事は無かった。だから昨日手に入れた赤を合わせて、ここにあるのは2つのはず」
なぜだかわからないが増えているという事か。
どうして1つ増えているのかについては考えるまでもない。
カオスエメラルドが自ら歩いてくるわけがない。
誰かが持ってきた。
「まあ、いいや。増えたんだし」
オルガが祭壇に向かって歩いていく。
途中で俺の方に振り返って、着いてこいと顎で指示した。
祭壇に近づいて一番手前の柱の前でオルガは立ち止まる。
俺もその横に並ぶ。
「このカオスエメラルドのエネルギーが、ここの動力源」
そういう使い方ができるとは聞いたことがある。
3つもカオスエメラルドを使って施設全体を動かしているというのはなかなか豪勢な感じだ。
だが、普通動力源として使うのであれば機械にセットされていそうなものだが。
今の状態では動力源として使っているよりも祀られているように見える。
「この方がカオスエメラルドの力を引き出せるんだって」
「神殿の方が?」
「神殿の方が」
そういうものなのだろうか。
カオスエメラルド自体、科学などとは少し違う方向性にある物体だからおかしくはないが。
「昨日言ったよね。7つのカオスエメラルドを集めれば願いが叶うって」
オルガは柱に触れ、真上を見上げる。
「ああ」
「橋本は本当に何の目的も無いの?」
「所長の言っていた不死身のケイオスうんぬんは含むのか?」
「そういうのになりたいのなら」
「んー……。そこまでなりたいわけじゃないしな。目的は無しってことでいいんじゃないのか?」
「そう」
そこから一呼吸置いて、顔をこちらへ向けた。
「白いカオスエメラルドは単体でもちょっとした願いなら叶えられる力を持っているの」
カオスエメラルドにはそれぞれ異なった性質があるという事は知っていたが、具体的な性質は初めて知る。
「チャオスは、その白いカオスエメラルドを使って誕生させられた」
「チャオスが……?」
初めて知るついでにとんでもない情報まで聞いてしまった。
というか、誕生させられた?
「させられたって事はチャオが自らチャオスになったわけではないと?」
「そう。チャオをチャオスにしたのは人間」
チャオをチャオスにしたのは人間。
次から次へと驚かされるような話が出てくる。
これはいちいち驚愕していられるような話をするつもりではないな、と感じた。
「どうして人間が?」
「昔、チャオカラテっていう競技が流行ったの」
チャオカラテ。
チャオ同士でどちらが強いのか戦わせて競う競技なんだそうだ。
戦い、なんて表現は正しいのかと思ってしまう位には可愛げのある競技だったそうだ。
しかし、どんなに可愛いものであったとしても、それでも戦いだ。
だからその中に刺激を求める者がいた。
もっと過激な戦いを。
もっと迫力のある戦いを。
もっと、もっと、もっと。
でもチャオにそんな事ができるわけがなかった。
ある1つの方法を用いた場合。
それだけを除けば派手な戦闘をチャオが行う世界にはならなかっただろう。
現在だけでなく、10年、100年先の未来でも、だ。
考えを実行に移す人間が実際に現れたのは20年前。
白いカオスエメラルドを手に入れて、その宝石の力を使用した。
生まれたのは7匹の突然変異したチャオ。
人間を魅了するようなチャオカラテを実現するために備わったキャプチャの延長線上にある7種類の能力。
チャオカラテで相手を押しのけるために発生した闘争心。
それらはその人間が意図した通りの性能を持っていた。
計画は成功したと言える。
その人間が予想もしていなかった事を挙げるならば、それらの性質はチャオカラテから離れた日常生活の中にも作用するという点だろうか。
突然変異したチャオは人間をも襲い、娯楽としてスリルを味わうなどという域をこれでもかと言う程に超えていた。
次第に数を増やし、問題となった。
これがチャオスが生まれた経緯だと、オルガは語った。
白いカオスエメラルド1つだけでよかった。
もっと多くのカオスエメラルドによってより多くのチャオがチャオスになっていたら。
仮に7つ集まっていたらどうなっていただろう。
人類は抵抗する間もなく絶滅していたかもしれない、という仮説が現実味を帯びる。
最初が7匹だけだったのは不幸中の幸いだ。
けれども本来なら7匹しかいない時にどうにかするべきだった。
それができなくて今がある。
オルガはその20年前の人々を責めるかのようにそう言った。
「どうしてそこまで知っている?どうして公表されない?」
「白いカオスエメラルドが原因だって?」
俺は頷く。
「わからないけれど、橋本がケイオスになっても教えてもらっていない理由ならわかる」
「……聞こう」
「人類を滅ぼそうとする正体不明の化け物。人類の敵。そう思っているうちはためらわずに殺せる。でも実はそれを生み出した原因が人間の方にあるってなったらどう?」
悪いのは人間でした。
そんな事を知ってしまっても変わらずにチャオスを殺していけるのか。
人によっては自分たちが悪いのだから滅んで然るべき、などと考えてしまうかもしれない。
「つまり、忠実にチャオスを殺す都合の良い戦力にしたかったわけか」
「うん」
俺が躊躇せずにチャオを殺すために言わなかったのだろうか。
それとも俺を利用するためなのだろうか。
「でも私は、自分の目的を持って動いてる」
「どういう目的だ?」
「7つのカオスエメラルドの力で、世界中のチャオスをチャオに戻す」
カオスエメラルドの力で変化した事をカオスエメラルドの力で元に戻す。
実現は大いに可能な願いだと言えた。
そのためには当然カオスエメラルドが必要だ。
だから昨日もあんなに必死だったのか。
「橋本も何か目的を持っておいた方がいい。流されているだけだと、そのうち損をしたり痛い目を見るかもしれないから」
優しい声が忠告をする。
この口は昨日、目的は本当に信頼できる人にすら教えられないものなのだと言っていた。
矛盾している。
だがきっと彼女にとっては問題ない程度の矛盾なのだろう。
俺へ協力してほしいと願っているのか。
邪魔をすればただではおかないと牽制しているのか。
おそらく両方を含んでいるだろう。
そして俺を助けようとしているのもまた事実か。
命を助けた事への感謝……という事か。
「ありがとう」
もし、自分のやる事が見つからないのであれば。
彼女のサポートをするというのも悪くないと思えた。
チャオスがチャオに戻った平和な世界は見てみたい。
優希さんに遭遇した。
風呂上りであった。
鼻歌交じりで非常に機嫌が良さそうである。
「どうも」
「この度はありがとうね。ちゃんとカオスエメラルドを回収してきてくれて」
「いえ」
「これで3人目のケイオスがついに完成するわ」
3人目のケイオス。
美咲がついにケイオスになるのか。
そもそも彼女はどうしてケイオスになるつもりでいるのだろうか。
ふとそれが気になった。
「そういえば、カオスエメラルドが必要なんですよね」
「そうよ。体を改造する時にカオスエメラルドが無いとケイオスとして機能しないのよ」
「え、どうしてです?」
「まあ、早い話体に不純物を入れるわけでしょ。それを人間の体に馴染ませるのにカオスエメラルドの破天荒な力が必要なのよ。そうしないとエラーが起きるのよ」
チャオスの元凶であり、ケイオスを生むための必需品であり、X-AOSのようなカオスもどきまで生み出す。
過去の話であればカオスやスペースコロニー・アーク、ソニックなどとカオスエメラルドを利用して何かをする例は少なくない。
もはや何でもありって感じだ。
だからこそカオスエメラルドを手に入れたがる者がいるのだろう。
「ここの動力にカオスエメラルドを使っているのは知ってる?」
「あ、はい」
「あなたをケイオスにする時なんて大変だったのよ。あの時はまだ1つしかなくて。改造手術の最中はカオスエメラルドを使っちゃうから前々から動力用のエネルギーをチャージしておかなきゃいけなかったの。そのせいで1週間、一部機材が使えなくて不便だったし苦情もたくさんだったわ」
「はあ」
本人を前にしてそんな事言いますか。
「だけどこれからはそんな心配もいらない。あなたたちには感謝しているわ」
なるほど。
俺とオルガがカオスエメラルドを入手したから心置きなくケイオスを増やせるという事か。
彼女の口振りからすると動力として必要なカオスエメラルドもケイオスにするのに必要なカオスエメラルドも1個。
今、カオスエメラルドは3個。
俺たちが失敗していても増えていた謎のカオスエメラルドがあれば足りる。
それならば、X-AOSと戦うのはケイオスが3人になってからでもよかったのではないのか?
「それでは、また」
「はい」
優希さんが去る。
そういえば、最初からここにあったカオスエメラルドは水色だったんだよな。
水色のカオスエメラルドは見た事がある。
シンバが死んだ日。
……俺が人間でなくなった日。
俺が受けた依頼で、だ。
正確には山崎さんが受けた依頼で、それに俺が協力した形だった。
依頼人は水色のカオスエメラルドを知り合いに預ける予定だったそうだ。
肝心のそれはチャオスに奪われたはずだ。
なぜそれがARKにあるのか。
優希さんは動力用のエネルギーを貯めるために1週間必要だったと言っていた。
だから1週間前からここにカオスエメラルドはあったわけだ。
オルガは随分前からあるような事を言っていた。
それならば水色のカオスエメラルドはARKにあるはずで、俺が依頼を受けてそれを見るなんて機会はないはずだ。
ARKにあった物をわざわざ持ち出して依頼をした?
誰が。
何のために。
筋の通った理由が出てこない。
しかしなんとなくわかった事がある。
そこに何か裏がある。
誰かが何かを企んでいることは間違いない。
「カオスエメラルド、か……」
その企んでいるやつが何を考えているのかは知らないが。
キーアイテムすぎるだろ、これは。
ここには既に3つ。
残りは4つ。
そもそも、カオスタイプに進化したチャオスに対抗するためにカオスエメラルドが必要とされていた。
それがあれば多少の条件を無視してカオスタイプに進化できるらしい。
その事があるから、残りが集まる日も近いのではないだろうか。
集まった時、一体何が起こる?
本当にカオスタイプへの進化のために使われるのだろうか。
それともオルガがチャオスをチャオへするために?
あるいは、それ以外の誰かの願いが。
そこまで考えて。
「ああ、確かに……」
オルガの言っていた、目的を持て、という言葉が的確な指示であるとわかった。
何か重大な変化が起こる。
その波にただ流されるだけではだめだ。
もしかしたら叶えられる願いは昔チャオがチャオスへなったような、俺たちへの不利益かもしれない。