「CHAOS CONTROL」

暗闇の中。
俺は寝ている。
「起きてー起きてー」
眠っている状態というものはなんというか難しい。
眠っている間、自分が眠っているという自覚はない。
では今どうして自分が寝ているとわかったのだろう。
それは本当に寝ているのだろうか。
おまけに声も聞こえてくる。
「起きてー起きてー」
実は目覚めているのではないのだろうか。
そうだ。
俺はもう起きているに違いない。
目を開いた。
「む……」
そこには少女がいた。
黒い髪の少女。
眼鏡はかけていない。
滝美咲だ。
「あ、起きた」
オルガはいつも通りに木の実をかじりつつも、美咲の傍に立って俺を見ていた。
「それじゃあ借りてきます」
「うん」
美咲は俺の腕を引っ張る。
するとあたかもそれが当然かのように俺の体が引きずられていく。
女性の力でそんなことができるなんて思えないというか背中が擦れて痛い。
「痛い痛い痛い待った待った待った」
叫ぶ。
美咲はそれで止まってくれた。
「大丈夫?」
「あー、少し待ってくれ」
身を起こす。
目覚めは完璧だ。
背中が痛すぎるくらいにはばっちり目が覚めた。
状況を整理して、俺が把握するべきことをまとめる。
「俺に何か用なのか?」
起きたらすぐに引きずられていく程の用があるとでもいうのか。
「お姉ちゃんが訓練するって」
「今は何時だ?」
時間を告げられる。
俺が普段起きる時間よりも早い。
なんでこんな時間から訓練をするんだ?
普段通りというわけにはいかないのだろうか。
「VRの機械、もう1台導入したでしょ?あれを早く使ってみたいって言ってて」
「朝飯は?だめなのか?」
「はい、朝飯」
オルガが丸い物体を投げ渡してきた。
受け取るが案の定木の実なので即地面に投げ落とす。
「俺はチャオスにはならん!」
「おいしいのに……」
「本当においしければ食うが、専らまずいと評判だ」
「え?おいしいよ?」
驚いた風に反論してきたのは美咲だった。
まさか美咲まで舌がおかしい部類だったとは。
俺も驚きを隠せない。
「多数決的に考えると、橋本君は食べるべきだよ。好き嫌いしないで」
「待て。先田さんもまずいと言っていた。現状では互角だ」
他の誰かに聞いて、それで決断を下すべきであると主張してみる。
オルガと美咲はとても残念そうに強制するのをやめた。
「じゃあいいや、もう」
「そういうわけだから食堂に行ってからにさせていただきたい」
「それはだめ」
なぜかオルガが言ってきた。
食堂に言って食べる時間があるのならば木の実を食べて短い時間で済ますべきだと言う。
どういう理屈だそれは。
「わかった、朝食は抜きでいい。木の実は食べない」
とにかく木の実を食わされる前に訓練室へと向かうことにした。
俺の判断は賢明である。

例の機械が二つに増えていた。
並んだ巨大な二つの存在感は圧倒的で、部屋がこれまで以上に狭く感じる。
実際に機械のスペース分狭くなっていることは気にしない。
普段は椅子に座って冷静な振る舞いを見せている優希さんだったが、今日は立って腕を組んでいて、やけに興奮しているように見える。
「さて、今日はなにをやるかわかっているわね?」
「殺し合い!」
その返答に優希さんは微妙な顔をした。
「間違ってはいないわね」
「ただし表現が間違っている、と」
「孤島でやるわけじゃないもの」
ついでにその場合だとクラス単位でやるものだ。
「えっと、2人で戦うってことですよね」
「そう」
ただし相手は私だ、と優希さんは口元を吊り上げた。
そんなことできるのか、と驚いたが自信ありげな様子を見るとそれ相応の実力があるように見えた。
なにより、以前から指導する時のアドバイスの内容が的を射ていた。
俺たちに教えるために自分もそれなりに練習しているのだろう。
「ハンデのカオスドライブ白は、まあ1つが無難かな」
呟きながら優希さんが入力をする。
「白ってなんです?」
「あー。説明してなかったっけ」
「はい」
「白いカオスドライブを作ったんだ」
そして使い方の解説が始まった。
白いカオスドライブをキャプチャすると1回だけすごいことができる。
美咲に言わせれば超必殺技だということらしいがよくわからない。
やることのできるすごいことというのは3つある。
1つは時間の動きをスローにすること。
感覚としては自分以外の動きが極端に遅くなるようだ。
2つ目は瞬間移動。
ワープのようなものと思っていいらしい。
最後に膨大なエネルギー量を叩きつける攻撃。
周囲のチャオスはほぼ確実に皆殺しにできるだろうとのことだ。
これらの技は昔、シャドウとかいうハリネズミがカオスエメラルドの力を使ってやったものらしい。
このカオスドライブはそれらの技を1回だけ再現するためのエネルギーを得るものだということのようだ。
美咲は前半の2つをまとめて「カオスコントロール」、最後の1つを「カオスブラスト」なんて呼び方をしていた。
どうやったらそんな名前を瞬間的に思いつくのだろうかと呆れつつも少し感心した。
今日の訓練は俺からになった。
VR空間には俺以外にもう1匹チャオがいた。
ニュートラルノーマル。
優希さんだ。
能力については聞かされていない。
俺は現実と同じで「融合」のみだろう。
向こうの出方がわからない。
そして白いカオスドライブの力。
これの使いどころがよくわからない。
この状況で俺がやるべきことは俺の能力を活かすことだけだ。
優希さんはその場に立ったままでいる。
俺は間合いを詰める。
間合いを詰めることのメリットデメリットを念頭に置く。
チャオス同士の戦いであれば主に「放出」が関係してくる。
メリットは近距離戦ができること。
すなわち「放出」の能力がなくても攻撃ができることだ。
デメリットは「放出」による攻撃を避けにくくなること。
一番されて困るタイミングはもうすぐで殴りかかれる、そんな距離でやられること。
そうである理由はいくつかある。
まず避けにくい。
次に避けても隙を突けないこと。
そして、下手な避け方をしたら逆にその隙を突かれること。
これらのポイントをどうにかしなくてはならない。
遠距離攻撃を見てから反応して避けられる間合いで一度接近を止める。
こちらに近寄らずその場で待っていることから「放出」による攻撃は最も警戒するべきだ。
どうやって対処をするか。
優希さんは全く動かない。
ただじっと俺の動きを見ているだけだ。
腕をアザラシに。
これは万が一の保険だ。
できれば食らわないことが理想。
避けるため、場合によっては素早く飛べるようにコンドルの羽パーツを。
パーツを変化させてすぐに突っ込む。
防御をするため腕を盾にしながら近づいていく。
距離が縮まる。
例の間合いになる直前。
優希さんはまだ動かない。
俺は足のパーツをイノシシのものにして地面を思い切り蹴って加速した。
そのまま相手に「放出」させる暇を与えないままパンチ。
イメージ通りの動きができた。
作戦通りにできた、という点では完璧である。
攻撃は受け止められていた。
しっかりと俺の拳を掴んでいる。
俺はもう片方の腕で顔を殴る。
優希さんは一歩踏み込んで俺の腹部を蹴った。
同時に当たる。
のけ反るが、掴まれたままで距離は離れない。
超近距離での殴り合い。
これでは腕のパーツで防御する意味はない。
腕のパーツをゴリラのものに。
もう一度腹部に蹴りが入る。
のけ反って、今の状態で離れることのできる最大の距離になる。
お互いが腕を伸ばしあった状態。
俺は掴まれている腕を思い切り引く。
離れることはなかった。
優希さんを引き寄せる結果となった。
俺としてはこっちの方を狙っていた。
思い切り腹部をえぐるように殴る。
そこで初めて俺の拳は解放され、優希さんは吹っ飛んだ。
これで大体五分だろうか。
しかし優希さんはまだどの能力も使っていないことを考えると不利である。
ここでどうにかせねば。
白いカオスドライブ。
その存在が浮かんだ。
白いカオスドライブの攻撃技。
それで追撃をすることにした。
従来は使用するときにキャプチャするものだが、「融合」が使える俺の場合は違う。
あからじめキャプチャしていてもいいのだ。
スイッチを切り替える。
ボールほどの大きさの激しい光が俺の手に出現した。
とてつもない力を感じる。
どう表現すればいいのかわからないが、直感的に思った言葉は、重い。
そのボールを押し出すように思い切り突き出そうとした瞬間。
乾いた音が俺の体を突き抜けた。
「途中から能力に関しての警戒を怠っていたのがいけない」
現実の世界へ戻った俺へ優希さんが最初にそう言った。
確かにそうだ。
俺はどうやら白いカオスドライブの技を当てる前に撃たれたらしい。
銃での攻撃をあの場面まで取っておいた理由。
俺が間合いを詰めている時に撃たなかった理由。
それは俺が警戒していたことがわかっていたからだそうだ。
「ちなみに、使える能力はなんだったんですか?」
「7種類全部」
全て使わずに勝利ということか。
恐ろしい。
次は美咲の番になった。
結果を先に言ってしまえば、俺よりもいい勝負をしていた。
美咲の動きは人間離れをしたものだった。
始まってすぐに優希さんが発砲した。
人間にとっては小さくともチャオスにとってはそうでないであろう。
むしろ、腕についたそれは鈍器に見えなくもない。
それでも狙いを瞬間的に美咲へ定めて撃った。
それに対してまるで空中で側転をしているかのように回転しながらジャンプして避ける。
放物線を描いて着地するであろうその瞬間を狙って、照準を合わせる。
着地すると思われた瞬間、美咲は別の軌道を描いていた。
まるで空中を蹴ってもう一度ジャンプしたかのようだった。
当然ながら銃弾には当たっていない。
そこに壁があってそれを蹴っているかのように、そこに足場があってそれを蹴っているかのように。
美咲は自在に軌道を変えつつ優希さんに近づいていく。
優希さんは狙撃を諦め近づくのを待つ。
美咲はそれでも不可思議な動きのまま低空を漂って周囲を回って攻撃をする機会を探っている。
そして美咲がついに地面に足を着けた。
その瞬間、優希さんが発砲。
ほぼ同時、ほんの少し遅れて美咲が光に包まれ消える。
光は優希さんの真後ろ、少し上に現れた。
瞬間移動だ。
優希さんの反応が少し遅れていた。
これは勝てる。
それにしてもあいつは、美咲は撃つとわかっていてあえて着地をしたとでも言うのか。
その瞬間に白いカオスドライブの力を使って瞬間移動すれば銃弾は当たらず、そしてその隙を突ける。
だが美咲はそこから攻撃せずに地面に崩れ落ちた。
銃弾は当たっていたのだ。
「欲張りすぎたわね」
「あちゃー、わかっちゃったかー」
カプセルから出てきて2人。
「本当は着地したのと同時にカオスコントロールできるとよかったんだけど、どうしても撃ったのを確認してからがよくて」
「確認してから移動できるわけないでしょうが」
「でもタイミングが早かったら撃たないでしょ?着地したのを見ないと撃ってこなそうだったし、仕方ないかなって」
「もっと別の方法で状況を打開するべきだったわね」
「っていうか耐久力低すぎるんじゃないの?銃弾一発食らったくらいで死んじゃうとか」
「普通死ぬわよ」
それよりも気になることがあるのだが。
最初からしていた謎の行動。
空中で突然軌道を変えて動く。
そのような動きをどうやったらできるのか。
それを聞くと優希さんも気になっていたようで、美咲に解説を求めた。
「飛んでただけだよー」
あっさりと言った。
「普通のジャンプに見えるように飛んでたの。演技するのと方向転換する時にちょっとガッツがいるけど、慣れれば普通のジャンプから急に飛んで方向変えるより楽だよ。あと、方向変える時にあたかもジャンプしたかのように振舞うとさらに効果あるかな。こういうのは飛んでいるってばれたら使いにくくなっちゃうからね」
なんだこいつ。
そう思う種明かしだった。
この技の名前はどうしようか、なんて聞いてくる。
「それよりいつ思いついたんだ、そんな技」
「んー、あー、えーっとねえ……。いつだったかなー、あはは。まあ、でも簡単だよ。思いついてすぐできるようになったし」
俺は優希さんに視線を投げる。
優希さんは首を横に振った。
そんなこと常人にできることではないだろうという考えは一致しているようだ。
いや、しかし。
バスターオオカミとかいう技やらなにやら今までの奇行を振り返ると美咲ならやりかねないと思ってしまった。

風呂に入った。
相変わらず人はいなかった。
衛生的に本当に大丈夫なのか?ここの職員。
そういえばここで生活している人間とあまり遭遇しない。
どういうことなのか。
誰かに聞いてみることにしよう。
誰に聞けばいいだろうか。
誰でもちゃんと答えてくれるだろうが、わかりやすく教えてくれる人がいい。
と、なると。
優希さんということになるのだろうか。
しかし、この時間どこにいるのかわからない。
「待てよ……」
VR用のマシンが1台だった頃、昼間は俺と美咲が訓練で独占状態だった。
今でも昼間は優希さん自身が訓練のために使うような状態でもない。
ではいつ彼女はチャオスでの動き方を身に着けたのだろうか。
朝か夜の二択しかない。
もしかしたら今日もまだいるのかもしれない。
訓練室へ俺は行く。
案の定、そこには優希さんがいた。
「どうも」
「珍しいわね」
「聞きたいことがあって」
例の質問を出す。
「ああ、それは私たちが戦闘要員だからよ。戦闘関係の人員と研究関係の人員では活動するエリアが違うから遭遇することは少ないの」
「なるほど、そうでしたか」
研究をしている人間はケイオスと違って戦うことはない。
あくまで研究をしているだけだ。
ケイオスに直接関係する人間が少ないことを思えば出くわす事がないのも自然である。
なぜ風呂に入らないのかは考えないことにしよう。
「あなたにとっては目立たない存在かもしれないけれど彼らはいい仕事をしてくれるわ。例えば水色のカオスドライブだったり、あるいはこのVRマシンね」
「これもですか」
「ええ。まあ、これに関してはオルガがいなければ実現しなかったものでもあるでしょうけど」
「オルガが?」
ここで出る名前だとは思っていなかった。
そもそも彼女は訓練室に来ることがないではないか。
「あなたがケイオスの2号で、彼女が1号であることは理解しているわね?」
頷く。
それはわかっている。
「この機械を作る際、人間でもチャオスでもある1つの個体が必要だというのはわかるかしら?」
「ああ、なんとなく……。人間の動きをチャオの動きに変換するため、ですよね?で、脳の働き云々がどうのこうのっていう」
データを取るチャオスと人間が別々の存在であったら、正確な比較ができないということだろう。
「平たく言うとそんな感じになるわね。で、そのデータを取れるのはオルガしかいなかったわけね」
なるほど。
「あれ?でもそれだとオルガはVRできる前はどうしてたんです?」
水色のカオスドライブは大量に作れないと言っていた。
それが理由で訓練ができないのであれば、オルガはどうやってチャオスの体で動けるようになったというのか。
「最初から動けていたわ。彼女は私たちとは別格なのよ」
その言葉にショックを受けた。
俺よりも年下の少女に。
紫の髪をした不思議な少女に。
味覚が少しおかしい少女に。
そんな才能があったとは。
「まあ、落ち込むことはないわ。彼女は別格。別次元とでも表現すれば差が伝わるかしら」
「別次元、ですか」
「そう。とにかく彼女は凄すぎるってことで」
「はあ」
「差を縮めるために、戦闘訓練でもしていくっていうのはどうかしら?」
優希さんが微笑む。
頷いて、俺はVR空間へと。
設定は先ほどと同じ。
俺はハンデとして白いカオスドライブの力を使える。
優希さんは全ての能力を使える状態だ。
「放出」に警戒して近寄る。
途中で優希さんの腕が変化し、黒い物体が現れる。
拳銃にしたのだ。
狙いを定められる。
あれを試してみようと思って、俺は銃弾を避けつつ飛んだ。
やってみて、ジャンプに見えるように速度を調整するのは難しいことがよくわかった。
優希さんは俺のしようと思ったことを悟ったのか発砲する。
うまく空中でジャンプしたかのような演技をできない。
避けるために方向転換したところで、完全に飛んでいることが明らかになってしまった。
諦めて素直に飛んで迫る。
銃弾を避けるために左右へ動いていく。
どうすればいい。
飛んでいる状態で攻撃はできないだろう。
打ち落とされるのが目に見えている。
となると着地するしかないわけだが、着地する瞬間が危険すぎる。
考える。
割り切ってリスクを受け入れるしかない。
むしろ、相手が攻撃をする時がチャンスでもあるのだ。
美咲だってそれを狙っていた。
俺もそれを真似しよう。
近づきながら着地する。
銃身がこちらを向いているのを確認しつつ、着地と同時に白いカオスエメラルドの力を使う。
その瞬間、世界が変化した。
そんな感覚があった。
優希さんの動きがスローになっている。
銃弾も視認できるスピードになっている。
それを避けて全速力で優希さんに向かう。
腕の小動物パーツをクマのものにする。
今度はこの爪で切り裂く。
優希さんは俺を撃とうとしている。
しかしこの状態では間に合わないだろう。
俺の勝ちだ。
至近距離で爪を振るう。
だが、違和感。
なにも捉えていない、空振り。
優希さんの体には何の変化もない。
どうしてだ?
自分の手を確認する。
爪がなくなっている。
そうか、「攻撃」でキャプチャされたのか。
ここで感心していないでもっとしっかり距離を取っていればよかったのだろうに。
俺はまた撃たれて負けた。
「勝てん」
「まあ、白いカオスドライブの使い方はなかなかいいセンスだったわ。動きも悪くないし、もう実戦投入してもいいんじゃないのかしら」
「本当ですか」
「ええ、そういう風に報告しておくわ」
嬉しくなる。
これでやっと俺も戦える。
戦うことが嬉しいわけではない。
しかし、オルガに少し近づいたような気がして、それが嬉しかったのだと思う。
「しかし、あなたには驚かされたわ」
「え?」
「あなたの上達の早さもだけど、影響力にも」
「影響……ですか?」
一体俺がどんな影響を与えたというのだろう。
そして誰に与えた?
ここでは俺が一番格下なのだし、そんなことが起こるとは思えないのだが。
「美咲は歩けるようになるまで相当時間がかかったわ。それなのに、あなたが来た途端にあなたに引っ張られるかのごとく急成長した」
「いや、俺の方が引っ張られてましたよ」
実際、最初に俺が来た時から美咲の方が実力は上だった。
追い抜いた記憶は一切無い。
「でもあなたが来てから急に成長したのだから、あなたの影響としか思えないのよ。そういうわけだから褒められておきなさい」
「はあ、そうですか」
それなら褒められておこう。
それは悪いことではない。
素直にその気持ちを受け取らない方が失礼でもある。
「そういえば」
これについても聞いておこう。
「木の実っておいしいと思います?」
「食べたことないけれど……人間の味覚には合わないんじゃないかしら」
やはり俺の味覚は正しいんだな。
これで多数決の件も解決である。
とても安心できた。
この翌日、俺はチャオスとの戦闘をする日々に戻ることになった。

ケイオスになって、初めての戦闘の後。
俺は外に出ることがなかった。
ずっとこのARKという施設の中での生活を送ってきた。
まるで季節というものが世界から消えてなくなってしまったような気がしていた。
ケイオスになる前。
夏であった。
夜の短い夏のある日に俺は死んだはずで。
命拾いをした代わりに夏が消えてしまった気がした。
そして、夏ではない空白の季節は時を重ねても他の季節へ移行することもなかった。
今日、久しぶりに外へ出た。
空気は冷えていて、風によって冷たさを感じた。
季節は存在していた。
今は秋。
葉が落ちている。
世界はまだあったのだ。
俺は今、先田さんの車に乗って移動中だ。
「懐かしい感じがします」
「そりゃあんな所にずっといればそう思うだろう」
車の中で外を見ているだけで、俺にとっての世界がみるみる再構成されていく。
まだ世界はチャオスに滅ぼされていないのだ。
そんな感想を抱きつつ、車はチャオの群れが発生した場所で止まる。
水色のカオスドライブを渡される。
「今回は10匹程度だ。一番楽な部類の仕事だからしっかりやれよ」
「はい」
カオスドライブを右手に握ったまままず辺りを探る。
チャオスの群れはどこにいるのか。
「いた」
木の実のなる木が生えている周辺でくつろいでいるチャオスがいた。
数は10。
カオスドライブをキャプチャしてチャオスの体になる。
足をウサギ、手をトラに、羽をオウムにする。
ついでにスカンクの尻尾をつけた。
もしかしたらこれで攻撃できるかもしれないからだ。
チャオスの群れへ突っ込み、手前にいる2匹の体を爪で貫いて確実に処理する。
残りのチャオスに気付かれるが構わず走り、囲まれる前にジャンプして飛ぶ。
集団から離れて、少し孤立しているチャオスの傍に着地。
すぐに攻撃し倒す。
残りの7匹はもう孤立していない。
どうやって崩していこうか。
トラの爪で切り裂いていくのでは間に合わないだろう。
腕のパーツをゴリラのものに変える。
手前のチャオスを殴り飛ばした時に後ろのチャオも巻き込むことができるのを祈る。
足もゴリラのものにして攻撃重視でいく。
相手が行動を起こす前にこちらから攻撃を仕掛ける。
手前のチャオスを殴り飛ばす。
狙い通りに後ろにいたチャオが巻き込まれていく。
両腕で迫ってくる他のチャオを攻撃しつつ、足で追い討ちをかける。
深追いしすぎであるかもしれないことを考慮する。
後ろの方からチャオスが来る。
その場で回転して尻尾を振るい、対応することに成功した。
残りは3匹になった。
3匹を頂点にして正三角形を描けるくらいに均等に離れ、俺を囲んでいる。
一歩踏み込めば互いに攻撃ができる距離。
しかし警戒して攻撃をしてこない。
その中の1匹が数歩退こうと足を動かしたのを俺は見ていた。
あれは「放出」を使える可能性が高い。
先に倒しておくことにした。
素早く飛び掛かる。
その際腕のパーツをクマに変え、爪で腹部を貫いた。
そしてこのチャオスを投げる。
1匹は俺へ迫っていて、1匹は俺から離れようとしていた。
後者のチャオスの動こうとしている方向に小動物がいた。
ヒツジである。
投げたチャオスは後者のチャオスへ当てた。
近づいてきたチャオスの攻撃を避ける。
そのまま横を通り抜けつつ、すれ違いざまに爪で攻撃する。
パーツを全てなくしつつ俺から離れようとしていたチャオスに迫る。
こいつには「放出」がない。
ヒツジをキャプチャしようとしていたということは「強化」を持っている可能性が高かった。
パーツをなくしたのは「攻撃」への対策である。
タイマンであればパーツがなくても大丈夫だ。
そのまま最後のチャオスも倒した。
今回は地面に足が着いていた。
今回は変身していられる時間が余った。
これは2分くらい余った。
ヒツジをキャプチャしておく。
普通の小動物はほぼ全てキャプチャしている。
ヒツジはまだだったので都合がいい。
まだキャプチャしていないのは珍しい小動物くらいだろうか。
「ほう、経験が生きたな」
「バックステップはしてませんよ」
「しかし、最後の3匹の時、どうしてあの順番に攻撃したんだ?順番だけでなくパーツとかの立ち回りもだ」
帰りの車の中、先田さんの質問には戦闘中考えたことをそのまま答えた。
俺の推測が100%正しいわけではないが、経験的にその傾向が多いことがわかっている。
「そうかそうか、なるほどな」
納得したようで先田さんはうんうん頷いている。
「やっぱりお前でよかったよ。お前をケイオスにしたのは正解だったな」
「それはどういう意味です?」
「よっぽど変な相手が現れない限りは生き延びてくれそうだという意味だ」
それは俺を褒めているということなのだろう。
悪い気はしなかった。
今は秋。
外は段々と暗くなっていく。
夏であったらまだ明るい時間だ。
今は秋。
夜の時間が少しずつ長くなっていく季節。

このページについて
掲載日
2010年1月12日
ページ番号
55 / 75
この作品について
タイトル
CHAOS PLOT
作者
スマッシュ
初回掲載
2009年11月3日
最終掲載
2010年7月17日
連載期間
約8ヵ月14日