~宇宙の神秘編~ ページ1
第三話
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」
静寂に包まれた真っ暗闇の中、誰かが息を荒くして走っている。土を踏みしめる音と、苦しそうな吐息の音だけが響き渡る。
苦しそうに走るその誰かは、常に右のわき腹に左手を当てていた。なぜなら、そこから赤い鮮血が滴り落ちていたから。右わき腹に怪我を負っているからだ。
ふと、足が止まった。彼の足元には、足場が無かった。よく目を凝らさないとわからないが、わずかに外の景色―ただただ暗闇が続く、とても景色とは呼べない空間だが―と違う色をした地面が、そこで途切れていた。
恐らく後一歩踏み出していたら、まっ逆さまに落ちていき絶命は免れないだろう。
「鬼ごっこもどうやらココで終わりのようだな」
不意に、後ろから声が聞こえた。振り向くと、そこには一匹のチャオが立っていた。
何も無い真っ暗闇の空間で、彼の真っ赤なボディはとても目立っていた。そして、赤いチャオの右手には拳銃が握られていた。
「そうだな…俺もそろそろ終わりにしたいと思っていた所だ」
わき腹に怪我を持つ、崖際に追い詰められているチャオが言った。
彼のボディカラーはグレー。赤いチャオとは逆に、この暗闇では完全に空間に溶け込んでしまい、補足するのが非常に困難である。
しかし赤いチャオには、そのグレーのチャオの姿がはっきりと見えていた。
赤いチャオが言う。
「さて…どうやら君にはもう勝ち目が無いようだ。どうする?どこに撃ち込んで欲しい?希望があるならいいたまえ、出来る限り叶えてやろう。ちなみに私の希望を言えば、そうだな。ココはひとつ、頭にでも撃ち込んでひとつ派手にいきたいものだが」
「…そうだな、それもいいかもしれないが、俺としては苦しまないように心臓にでも…」
最後まで言う前に、グレーのチャオが素早く右手を腰に回し、腰に装着した拳銃を引き抜き、そして撃った。…ハズだった。
撃つ前に、グレーのチャオの拳銃は飛んできた弾丸によって、グレーのチャオの手からはじかれてしまった。弾丸が飛んできたのは、赤いチャオが右手に握る拳銃からだった。
「残念だが君程度の腕前では、私に不意打ちなど100年たっても出来ん。さて、遊びは終わりだ。最後に言い残す事は?」
そういって赤いチャオは右手をひねり、拳銃を水平に構えた。照準はグレーのチャオの額にセットした。
「言い残す事…。そうだなぁ。出来れば最後にならないように、見逃してくれるとありがたいんだがなぁ」
「却下だ」
赤いチャオは引き金を引いた。銃口から弾丸が飛び出し、グレーのチャオの額めがけて空気を切り裂きながら駆け抜けた。
弾丸はあっという間に目標地点に到達し、暗闇にほんの一瞬、赤い花火が浮かび上がった――――
「―――起きろ!オイ起きろ!」
ココは、チャオガーデン。すみやかに晴れ渡った、すがすがしい朝日の下。グリーン隊員は、間抜け面で涎を垂らし地面に大の字で寝ているレッドを起こしている最中だった。
いつもは理不尽な理由によってレッドにたたき起こされてばかりのグリーンだったが、今回は自分が起こす側の立場にまわることになった。
ここぞとばかりに盛大な睡眠妨害をしてやろうと思ったグリーンだったが、コイツ起きねぇ。
自分は一生懸命起こしにかかっているのに当の本人は間抜け面で夢の世界。こんなにもムカつく事だったとは。毎朝子供を起こすお母さんは大変だ、見習わなくちゃ。
「起きろッつってんだろうが!」
ゲシゲシと数発前蹴りを食らわせる。
グリーンが世のお母さん方に尊敬の念を抱いた時、ようやっと我らがリーダーが夢の世界から帰還してきた。
その瞬間先ほど自分が居た世界は夢なのだとレッドは悟った。くそう、せっかく銃口から出る煙をふっ、と吹いた後何かめちゃくちゃカッコいい決め台詞を言おうと思ったのに。
「ふわ~ぁ…。まったく、私の貴重なスウィートスリーピングタイムを邪魔するのはどこの誰かね?せっかく巨大マフィアの首領モイスキン・ルゲチャルビンをこの手で葬り去った余韻に浸るところだったというのに……」
起きて早々、ぶつぶつ愚痴る我らがリーダー。グリーンはさっさと用件を伝える。
「誰だそれはなんだそれは。わけのわからない事を言っていないで、仕事だ仕事」
「君こそ何をわけのわからない事をいっとるんだね。今日のチャオレンジャーは休養日である、そう伝達したはずだ。数少ない休みを有意義に使わせてくれたまえ」
「年中休みみたいなもんだろが。それよりそうじゃなくて。チャレンジレースに申し込みが入ったんだよ!相手しなくちゃなんねぇんだよ!」
…そう、彼らチャオレンジャーの本業はチャレンジレースの番人であって、決して正義の味方業でも、探偵業でもない。コレは決して忘れたはならないことである。
「そんなこと、君らで勝手にやっておいてくれたまえ。私には関係の無い事だ」
しかし、本人が忘れてしまっていてはどうしようもない。