チャオおとこ

 聞きなれない音がするので振り返ると、チャオおとこがキキョウの花を吸っていた。
 チャオおとこは、葉から落ちるしずくのような輪郭をしていて、あとは体も手も足も丸い。顔も丸とはいえなくないので、とにかく丸い。そして大きい。二メートルくらいはある。体はほとんど水色で、頭の先や手先、足先が少し黄色い。だが顔は人間のもののように見えた。中年の男の顔だ。
 チャオおとこはストローをいつもくわえている。実際に何かを吸っているところを見たのは初めてだった。キキョウは薄く小さくなっていき、そのうちに消えてしまった。チャオおとこはこちらを見ると、ゆっくりと近づいてきた。のそのそと近づいてきた。
「見られちゃったねぇ」
 ストローの先から聞こえる声はゆっくりとした調子だった。まぶたに響いて眠気が誘われた。なんとか眠らないように目をいっぱいに開いた。けれども目は閉じて、草が生い茂った地面に横たわりたくなって、横たわった。すぐに眠りについたけど、すぐに目も覚めた。深く眠った気もしたし、短い眠りであったような気もした。
 気がつくと隣にも男が倒れていて、その隣には犬もいた。変わらずチャオおとこもそこにいた。犬はひたすらに男の顔をなめていて、男はまったく反応しなかった。男の顔をよく見ると、チャオおとこと瓜二つであった。男の顔を眺めていたが、突然起き上がるような気がしたので、チャオおとこのほうを向いた。チャオおとこは犬にゆっくりと近づき、犬の体にぷすりとストローを刺してすうすうと吸った。犬も薄く小さくなって、消えた。起き上がってチャオおとこの顔を見る。寝ぼけているわけではないかもしれないけど、いつも寝ぼけ眼だ。
「これはねぇ、僕が転生する前の僕だよぉ」
 チャオおとこはストローを倒れている男に刺し、また吸い始めた。吸いながら、吸うと転生できるんだよぉ、と声を出した。男が消えると、ストローを差し出された。転生できるんだよぉ、と繰り返した。これだけそっくりであると、転生したというのも信じられそうだった。だがチャオおとこを見ていると、なんだか釈然としなくて、嘘だよ、見てないもの、と言った。チャオおとこは、本当だよぉ、と言って繭に包まれた。繭が消えると、中には何もいなかった。やっぱり転生なんてできないじゃないか、と口に出したところでいよいよ怖くなって走って逃げ出した。キキョウの匂いがどこまでも伸びていた。

この作品について
タイトル
チャオおとこ
作者
ダーク
初回掲載
2012年6月1日