チャオの海
チャオの海
七月の朝日が今日も水面いっぱいに広がった。
少年は、いつものように愛犬をつれて、すがすがしい晴天の潮風の中にかけていった。
砂浜を 愛犬とじゃれあいながら走る。
ーあれ?
少年は急に立ち止まった。
一匹のチャオが浜辺にうちあげられていた。
気を失っているらししい。
少年は、チャオを両手で抱くと、愛犬とともに陸へとかけていった。
海はキラキラ光っていつもりまぶしかった。
少年は、自分の部屋にそっともどり、彼のベットにその水色の小さな生き物を横たわらせた。
少年が、はじめてチャオをみたのは お母さんのお葬式の時だった。
あれは数年前・・・今でもはっきり覚えている。
教会の鐘の音が重く鳴り響いて、黒い服を着せられたぼくは、父と手をつないでそこにはいっていった。
ぼくが生まれてから、ずっと病院にいた母。
棺のなかの白い母の顔を見ても、なんの感情もでてこなかった。
それより、父が泣いていたことの方が、ショックを受けた。はじめてみた、愛するものを失った男の顔に。
ーごめんね、お母さん。
僕は母にあやまった。父のように泣いてあげれない自分が、母に悪いようなきがして。
母はなにも答えなかった。
たくさんのひとがきていた。僕は母にこんなに友人がいたことを知らなかった。女の人はハンカチをあててすすり泣いてる。男の人はつらそうに悲しみをこらえていた。
子供は僕のほかは、誰もいなかった。
ぼくはひとり・・・寂しさを感じていた。
ここでは、ぼくだけがまわりと違うような気がしたから。
悲しみを共有していない自分に、孤独を感じた。
式がはじまった。たんたんと時間が流れていく。
ぼくは、ずっと下をむいてうなだれていた。気分が悪くなっていった。
ふいに聖歌隊の歌が響いてきた。
僕は顔をあげて、その聖歌隊を見た。
それは、ヒーローチャオの聖歌隊だった。
14匹の聖歌隊は、とうめいな、すきとおるソプラノで 母に天使の歌をささげていた。
それは、ほんとうに素敵な歌声だった。
ぼくが知る限り、世界で一番きれいな歌だった。
ぼくの背中に翼があるような気さえした。
ぼくはふるえをおさえきれなかった。父と握っている手に力がはいった。父はだまってさらに強くにぎりかえしてくれた。
ぼくは泣いていた。声もださずに。
母と最後のお別れのとき、母は微笑んでいるように見えた。ひつぎの蓋が閉じられ、彼女が土にうめられていくのを、おだやかな気持ちで見守った。
あれがヒーローチャオだと、後で父から教わった。すべてが終わってから。
ベットのチャオがぴくぴくっと動いた。
そして目をあけた。
「なにか欲しいものはあるかい?水かな、おなかはすいてるの?」
「ウッチャーオ☆」
チャオはニコッと笑った。そしてぼくのひざにすりよってきた。
ーかわいいな。どうしてぼくになついているんだろう?
少年はそいつを抱き上げた。チャオはきゃっ、きゃっと喜んでいる。
「お前、まだこどもだね。元気そうで安心したよ」
水色のニュートラルの幼体チャオなんて彼はまったくの初対面だった。父が仕事から帰ってきたら、相談しよう、と思った。捜索願いが出ているかもしれないし。父が帰宅するのはお昼だ。
「それまでお前と遊ぼう。学校はやすみだ。きっとお父さんも許してくれるさ。」
チャオがきょとんとした。少し心配な顔?
「大丈夫。期末は終わったし、もうすぐ夏休みだし。」
ーチャオに人の言葉がわかるって本当なんだなぁ。
少年は感心した。
ぼく達は軽く朝食をとると、愛犬をつれてまた海にきた。
もう太陽は斜めにいて、とても日差しが強い。
チャオは案外平気で、いや、それどころかおおはしゃぎ。
こいつは泳ぎがうまい。ぼくも一緒に海にはいった。
「まてまてー。」
「ウー、プハーァ☆」
「おまえ・・なんでここにいたのかなぁ?
おまえは、どこからきたの?」
「ハぁーイ☆」
チャオは返事?をすると、今度は背泳ぎ。ほんとにうまい。こいつ、子供か?ぼくは背泳ぎができなかった。
海の波にもなじんで、すいすい泳いでいる。
チャオの水色のからだと、海がよくにあう。
「もしかして、チャオって海から生まれたのかな」
「チャオ☆」
「おまえのお父さんと、お母さんが心配しているね。きっと。」
ーそろそろもどらなきゃ。
少年はチャオをかかえて、岸にあがった。砂の上にチャオをおいて、服を着た。
ーなんだか、こいつと離れるのがいやだな。お父さんにお願いしてみようか。ダメかもしれないけど、いうだけいってみよう。
最後のボタンをとめて、チャオのほうを見た。
でも、なにもいない。
チャオがいなくなっていた。
少年は必死でさがした。必死で叫んだ。
海も、陸も・・・なんど砂浜を往復したことだろう。
汗と、涙が流れ落ちる。
そして、ふいに気がついた。
・・・お母さん・・・!
そう、数年前の今日の正午。母が逝ったのだった。
ーそうか。そうなのか。
少年は流れ落ちる汗をぬぐい、海をみた。
海は真っ白に輝いていた。
あの歌がきこえる。
ヒーローチャオ達のあの歌が・・・。
少年と愛犬はしばらくそこに立っていたが、やがて陸にむかって歩き出した。
ふりかえらない、笑顔がそこにあった。
「おいで。もう父さんが帰ってるよ」
そして、少年は走り出した。