チャオの森と女の子
女の子は、チャオと遭遇できた。
そのチャオとかいう生き物は子供しか遭遇できないらしい。
だから、大人はチャオと一緒に遊ぶことはできない。
女の子はそれを知っていた。
女の子はもう自分が子供ではなくなることも知っていた。
ねえ、私、もうそろそろ子供じゃなくなるんだ
チャオは返事をしない。
チャオは人間と違うから、日本に住んでいたってこれっぽっちも日本語を話せないのである。
ただ、通じないなりに話は聞いていて、なんとなく理解している。
女の子はそうであると信じている。
石に腰かけて川に足をつけ、水面を見ている女の子の話を、チャオもまた座って水面を見たり、女の子もそうしているように相手の顔を時折見たりしながら聞いているのである。
電車とかの料金なんかは、中学生になってから大人料金
でも、他のものでは中学生料金だったり、子供料金だったり
大人とか子供ってよくわからないよ
そう言って女の子はチャオに微笑みかける。
チャオはそれに同意するかのように首をかしげて、頭の上の球体をクエスチョンマークにしてみせた。
君に会えるってことは、まだ私は子供なんだよね
でも、女の子は気付いていた。
昔、女の子が誰がどう見ても子供であった頃、女の子はもっとチャオと遊んでいた。
川の近くに来れば、水をかけあった。
木がたくさんあれば、追いかけっこをした。
走って転んでは、心配し合った。
いつの間にか女の子は遊ばなくなった。
川を眺めて、木漏れ日を眺めて、ゆっくりと歩くだけになった。
増えるのはチャオに語りかける数のみだ。
女の子は、チャオが遠くなっているのを感じた。
本当の距離ではなくて、お互いの関係性としての距離だ。
大人になるとチャオに遭遇できない、というのはきっとそういうことなのだろう。
きっと、もうすぐ会えなくなっちゃうんだね
女の子は自分の腕を見る。
そこには時計があって、時刻を確認することができる。
中学生になって年齢が増えた時に必要になるからと親がくれたものだ。
その円がついたリストバンドはもうすぐ女の子に帰るべき時間であることを示していた。
もう時間だから、帰るね。
そう言って立ち上がる。
チャオは笑顔で手を振った。
女の子はまた明日も会いたいと思った。
それじゃ、じゃあね。
それだけ言って、手を振り返して森から去った。
いつもなら、またね、と言うのだが、今日は違った。
またね、が叶わないのが明日かもしれないと思ったのだ。
そうして、その人はチャオに遭遇できなくなったのであった。