Part 1

 木の実を探していたら、ツバメの巣を見つけた。
 今年は木の実の出来が悪い。ここ数年は軒並み悪かったけど、今年は特に実りが少ない。だからツバメの巣を見たときはチャンスだと思った。
 小さな羽を動かして巣に近づく。3羽の雛がくちばしを開けて親鳥を待っている。雛のくちばしを掴んでひねる。ポキリと首が折れて、ぐったりと動かなくなる。とりあえず3羽とも殺して捨てる。巣の中に潜って親鳥が来るのを待つ。
 親鳥がミミズをくわえて戻ってきた。飛び付いて、そのまま地面に叩きつけると、親鳥はあっけなく死んでしまった。
 その羽をむしって食べた。ツバメの肉はおいしくなかったけれど、頑張って飲み込んだ。おいしくない肉は僕の力になる。翌朝になると、それは僕の背中から生える黒い翼に変わっていた。
 僕は翼を広げて飛び立った。昨日よりもずいぶん高く飛べる。羽を動かせば動かすほど、空気が薄くなっていく。息を継げる限界まで羽ばたいてから、地表を見下ろす。
 僕の生まれた小さな島が、海の中に浮かんでいた。隣には大きな陸地があって、僕の島を囲むように湾を形成していた。
 ……あそこならば、豊富な食事が取れるかもしれない。
 体を西へ向けた。滑空しながら徐々に高度を落としていった。ぼんやりと広がる地形が次第に鮮明になっていく。
 そこは島とはずいぶん異なる様子だった。
 木や土が所々にしかなくて、代わりに黒っぽい砂利が地面を覆っていた。光沢のある大きな箱が轟音と共に地面を動いている。箱はあまりにも動きが速くて、固そうで、どうやって食べたらいいのか見当もつかない。
 僕は地上に降りるのをやめ、近くにあった木の枝に足を降ろした。あの箱がどういう生き物なのか、ここで様子を見よう。
 冷たい朝の空気がしだいにやわらいでゆく。東の地平線上にうっすらと僕の故郷が見える。それが次第に太陽の光に飲み込まれていく。
 しばらく景色を眺めているうちに、木の下には別の生き物が現れていた。そいつらは二本足で歩いていた。
 体つきは僕らと似ているけれど、僕らより数倍大きくて細長い。そんな二本足の生き物が、次から次へと木の下に現れ、去って行く。たくさんいるのに、まるで誰かに命令されているみたいに、流れに沿って動いている。
 そんな中、二匹が立ち止まって僕の方を指さした。なにやらしきりに鳴き声をあげている。どういう意味だろう。
 すると突然、二匹のうちの一匹が分裂した! いや、実際には分裂ではなかった。背負っていた紺色の袋を降ろしただけだ。紺色の袋が体の一部にはりついて、まるで生き物の一部のようになっていたんだ。
 紺色の袋から、さらに小さくて赤い袋を取り出す。赤い袋から黒っぽい小さな粒が出てくる。あれは……木の実?
 その生き物は、手の上に黒い粒を載せて、僕に向けて差し出した。
 そいつは明らかに僕を誘い出そうとしていた。罠なのかなんなのか、判断がつかない。
 彼らの狙いは何だろう。捕獲か、それとも食べられるのか。明らかに怪しい。しかし、僕は長距離の空の旅によってずいぶん疲れている。あたりには他に木の実らしきものは見当たらない。現状では唯一の食料源だ。
 紺色の生き物たちは、また何度か鳴き声をかわした。そのとき、視線が僕から外れた。
 その隙を見逃さない。
 木の実に向かって急降下する。いくつかの黒い粒を掴んでまた素早く木の枝へと戻る。数秒遅れて、彼らは黒い粒が奪われたことに気付く。
 食べ物を奪われたというのに、紺色の生き物は不思議なくらい温和だった。ただ手の上に残ったいくつかの粒を、自らの口に放り込んで、用が済んだかのようにそのまま立ち去っていった。
 一体何だったんだろう。僕は初めて見るこの土地の生き物の生態に、とても興味が沸いてきた。
 黒い粒を一つだけ食べてみた。とても甘い。でも、その味は今までに食べたどの木の実にも似ていなかった。

 その日はずっとその木の上で過ごした。というのも、ひっきりなしに二本足の生き物と轟音の箱が周囲を行き交うので、簡単には出られないのだ。
 僕は木の葉で自分の身を隠した。彼らは無限にいるように見えるけど、木の上に目を向ける個体はほとんどいない。だから、観察するにはうってつけだった。
 二本足の生き物も、轟音の箱も、よく見ると様々な色をしていた。赤や緑、オレンジ色の個体もいた。
 夜になると二本足の生物はずいぶん減った。でも、箱の方は依然として活動していた。やつらには活動時間というものはないのだろうか。
 そんなことを考えていると、朝見た紺色の生き物が現れた。同じ個体だと分かったのは、やつが僕のことを覚えていたからだ。僕に向かって一直線に近づいてくる。どうしようか。
 紺色の二本足がやることは今朝と同じだった。赤い袋を取り出して、また手の上に粒を並べ始めた。僕はおそるおそる木を降りて、その手ににじり寄る。
 この黒い粒はやはりおいしい。初めて食べたのにやみつきになってしまう。こんなにおいしいものをこの土地の生物たちはいつも食べているんだろうか。
 しばらく夢中になって食べていると、いつの間にか粒はもうなくなっていた。
 紺色の生き物は目を細めていた。笑顔。他の生き物が笑うところを見るのは初めてだったけれど、僕たちの種族とよく似た顔つきだった。ここにきてようやくこの生き物が敵ではないと思い始めた。
 紺色の生き物は袋をしまって、その場を離れる。僕は紺色の生き物の後をついていった。紺色の生き物は僕に気付いていたけれど、あえて歩みを遅くしたりはしなかった。
 僕たちはやがてある場所に辿り着いた。そこは夜なのに不思議と明るくて、暖かい、紺色の生き物の住処だった。

 紺色の生き物との暮らしが始まって一週間が過ぎた。この一週間で判明した生き物の生態がいくつかある。
 第一に、紺色の生き物はいつも紺色ではない、ということだ。
 この生き物の本来の色は薄茶色のようだ。その上に様々な皮を纏うことで、日ごとに違う色になるようだ。色の違いがどのような意味を持つのかについては不明だ。
 第二に、この生き物は朝になると住処を出る。そして夜になると戻ってくる。この間、この住処の出入り口は使用できなくなる。
 僕は最初閉じ込められたかと思った。が、そうではなかった。出入り口についているいくつかのしかけを、手順通りに操作すれば、自由に出入りできるようだ。
 僕は時々この方法で外に出て、他の生き物や仲間を探したりした。とはいえ、あまり目立った成果はあげられなかった。ツバメの翼は小さすぎて不便だったので、カラスの翼に変更した程度である。
 最後に、この生き物は僕のことを「ポメラ」と呼ぶ。彼らは鳴き声でコミュニケーションを取っている。物によって決まった呼び方があるようだった。呼び方の一部は把握したが、まだ全部は分からない。僕は「ポメラ」で、生き物は「ユキ」、黒い粒は「ゴハン」だ。
 一度だけ、ユキとは別の個体に出会ったことがある。その個体はユキと違って頭部が黒いので、見分けるのは簡単だった。
 黒い頭の目元には、ぴかぴかした透明の板がついていた。それが光を反射してまぶしかった。右手には青い板を握っていて、そこに第三の目があった。
 黒い頭は第三の目を僕に向けた。第三の目は僕のことを見透かしているような気がしてならなかった。僕は眠っているふりをして、第三の目をやり過ごした。第三の目はカシャリ、カシャリと不思議な音を立てた。
 黒い頭との遭遇は、それきりだった。
 ユキは毎朝、部屋の隅にある器にゴハンを補充してくれる。僕はそれを好きなときに好きなだけ取って食べる。以前食べた黒い粒の他に、別の種類の粒が置かれていることもあった。どれもそれなりにおいしかったが、やはり黒い粒が一番のお気に入りだ。
 この大陸の黒い粒はおいしい。しかし、おいしいものを食べていても僕たちは成長しない。成長するには、自分で狩りに行かないといけない。このことは島にいたときと何も変わらない。
 夕方になるとユキは住処に戻る。その後、決まって僕をなでたり、つついたりしてくる。この生き物なりのスキンシップだと思って、僕は甘んじて受け入れることにしている。
 ユキを喜ばせる方法は簡単だ。彼らの鳴き声を真似てやればいい。試しに「ユキ」という音を真似すると、そいつはすぐに僕の所にかけよって頭をなでる。
 だけど、まだ声については分からないことだらけだ。
 ユキは毎晩よその光景を見ていた。ここには遠くの景色を映し出す不思議な薄くて黒い板があるのだ。
 ユキはいつもこれを見て笑っていたけれど、僕には何が面白いのか分からなかった。そのことがなんとなく不満だった。
 黒い板は風景だけでなく音も出している。この声がもっと分かるようになれば、僕にも笑顔のわけが理解できるんだろうか。
 僕は、彼らの使う鳴き声についてもっと知りたいと思った。そのためには、成長しなければならない。彼らのことを知るには、やはり彼らの仲間を食べるのが一番いい。
 とはいえ二本足を食べるには入念な準備が必要だ。なにしろ彼らは僕たちの数倍は大きいし、力もある。普通にやっていたら肉を喰らうところまでは至らないだろう。
 ユキ以外に食べられそうな個体はいないだろうか? ふと、黒い頭の個体を思い出す。でもあいつはユキの側にいた。複数の相手と同時に敵対するのは分が悪い。それにユキは食べ物を与えてくれるので、できれば生かしておきたい。
 ユキ以外の別の個体が一匹だけいる。そんな理想的な場面に出会うには、やはり一度狩りに出かける必要がある。

 チャンスは突然やってきた。
 僕はその日も住処を飛び出し、近くの山の中に来ていた。小動物が捕まえられれば、と思っていたのだけど、やはり冬が近いためだろうか。動物の姿は見当たらなかった。ただ積もった枯れ葉だけが僕の足にまとわりついた。
 そのうちに、しとしとと雨が降り始めた。このままでは体が冷えてしまうので、来た道を引き返すことにした、そんな矢先だった。
 木陰から初めて見る二本足の個体が現れた。背丈はユキよりもやや大きいくらいか。がっしりとした体格をしている。頭が灰色のところに特徴がある。
 灰色の頭は僕を見るなり雄叫びをあげて、こちらに向かって走り出した。
 僕は慌てて逃げた。しかし、その個体はずいぶんと鈍くさかった。走り始めてすぐに、苔の生えた岩で足を滑らせてしまったのだ。ドサッという重い音がして、その巨体は枯れ葉の中に沈んだ。彼はそのままうめき声をあげて、動かなくなった。
 今なら殺すことができる。
 僕は近くに落ちていた鋭い小石を手にとった。相手が動かないことを確認しつつ、頭部ににじり寄る。首筋に何度か切りつける。すぐ静脈に穴が空き、赤黒い液体が滴り落ちた。
 弱い雨が死体の傷を洗い流していた。そのまま首から上を切り落とせればよかったのだが、小石にそこまでの鋭さはない。
 しかたなく、僕はその体を押して、やつが足を滑らせた岩場まで移動させる。灰色の頭を持ち上げる。そのまま、落とす。頭蓋骨の割れる音がする。
 地道な作業だった。小石で頭皮を切り開いたり、頭蓋骨の割れ目を押し広げたりして、何とか脳を露出させた。ようやく見えた脳は、血と雨に揉まれてぐちょぐちょになっていた。
 脳みそもおいしくない。おいしくない部位を食べれば食べるほど、僕の体は成長するんだ。
 雨が降っていてよかった。このような作業をすると、どうしてもついてしまう血の臭いが、今は自然と洗い流されていく。
 僕は無心で脳をむさぼった。とても苦くて柔らかい、老人の脳。

 その夜、生まれて初めて夢を見た。
 主人公は僕ではなく、死んだはずの白髪の老人だった。
 老人は家族と鍋を囲んでいた。若い夫婦と小さな女の子がいた。この老人の孫だろうか。
 孫娘は自分の取り皿に盛られたしいたけを箸でつついた。明らかに嫌そうな顔をしながら、つまみあげて父親に見せた。
「それはおじいちゃんがとってきてくれたんだぞ。我慢して食べなさい」
 父親は娘をしかった。
「えー」
 孫はしばらくしいたけを見つめていたが、やがてぱくりと食らいついた。
 夢はそこで覚めた。

このページについて
掲載日
2014年12月23日
ページ番号
1 / 2
この作品について
タイトル
ボクはチャオ
作者
チャピル
初回掲載
2014年12月23日