<前>
二十一年目を迎えたら、チャオ小説なんて一生書かないだろう。
チャオなんてすっかり忘れていたけど不意に懐かしくなって検索をしたら、生誕から二十周年という知らせを私は見つけてしまった。
「ねえ、知ってた? 今年でチャオ二十周年。週チャオが終わってから十周年なんだって」
ソファを独占して寝そべっている夫、和冬に報告すると、彼は大きな欠伸をした。
私は絨毯の上でクッションを枕にしている。
私たちは同じような薄着でそれぞれに好きなくつろぎ方をして、土曜日の午前を過ごしていた。
「懐かしいな、週チャオ」
「せっかくだから、なにか書いてみたら?」
「無理だよ。今更チャオ小説なんて」
和冬がそういうのはわかりきっていた。
「水希こそ、書けるのかよ?」
にやにやとして、和冬は言った。
もちろん私だって無理。
そう答えると、
「だよなあ」
と和冬は両腕を伸ばして言った。
「古傷も痛むしな」
傷って言い方しなくても。
むっとするけど、でもやっばり古傷だよね、と私は思った。
昔に書いたチャオ小説を読み返そうものなら、あまりにも稚拙で直視できない。
それはやっぱり封印したい過去、刺激を与えてはいけない古傷だ。
私たちは、そんな恥ずかしい過去を共有しているから、結婚した。
と言うのは大袈裟だけど、合コンの時にチャオの話で盛り上がらなかったらその後連絡を取り合うこともなかっただろうから、私たちの恥ずかしい歴史は結婚とつながってはいた。
「なんで私たちってば、チャオ小説なんて書いちゃったんだろう」
「水希と出会うためだよ」
「死ね」
私は手近にあった座布団を一つ掴むと、それを蹴った。
「出たな気烈破滅弾(きれつはめつだん)!」
「なんだっけそれ」
「シャド冒。マッスルの技」
「あ~、シャド冒! 懐かしい。って言うか、私はマッスルなのか」
「だが俺にその技は効かない。くらえ、カオス・イレイザー!」
座布団を投げ返してきた。
私はそれをはたき落とす。
「自分は主役かよ。しかも私がマッスルなんだな?」
「冗談だよ、冗談」
「本当かあ?」
和冬は、ふふん、と笑ってスマホをいじりだす。
「それにしてもよ、この週刊チャオライブラリーって、どうにかならんもんかね」
「どうにかって、どう?」
「これ、俺たちの恥ずかしい小説も残ってる。一生消えないぞ」
チャオ小説は週刊チャオに投稿しましょう。
当時チャオBBSを支配していた風潮に従って、私も和冬も週刊チャオにチャオ小説を載せていた。
そのせいでチャオBBSが閉鎖した今でも、ライブラリーから私たちの小説が見られてしまうのだった。
「ネットの恐ろしさだよね。でもそんな心配することないんじゃない?」
「どうして」
「今になってチャオ小説読もうなんて思う人、いないでしょ。それこそ今こうやって見ている私たち以外にはさ」
ネットにデータは残り続けるなんて言うけれど、残ったとしても古いデータをわざわざ掘り出して見るような人なんて全然いないっていうのが本当のところだと私は思う。
風化して埋もれて、そしていつかは存在しないのと同じことになる。
「今も週チャオにいるやつらはどうだ? スマッシュさんとかろっどさんとか。それから俺たちみたいに久々に来ちゃうやつ」
「そういうの合わせても、十人いかないかもよ」
「十人。たったのか。日本人は一億人いるのに」
「時代が終わるって、そういうこと」
「それはなんか寂しいな。俺たち、あの時はチャオに結構夢中だったろ?」
「うん」
私だってそれなりにチャオのことは好きだった。
でも楽しいことは別にもたくさんあった。
私たちはチャオのみにて生くるにあらず。
今もそうだ。
和冬といる時だって、私たちはチャオ以外のことをしている。
「もう一度チャオ小説書いてみるか?」
和冬は感傷的になっているみたいだった。
「やめときなよ。また痛い過去が増えるだけだよ」
しかもライブラリーに残される。
「そうだな。今書いたところで、ろくなものを書ける気がしねえ」
「うん。でも、そんなにチャオのことが気になるんなら、行ってみる?」
と私は提案する。
「え? どこに?」
「チャオの森」
慎重に和冬の表情をうかがう。
信じてもらえるかわからないから、誰にもしていない話だった。
和冬にも言ったことがない。
「私ね、小学生の頃、ゲームの中じゃない本物のチャオに会ったことがある」